煌めきだす合図

「おはようございます!」
「おはようございまーす!」

 朝っぱらからウルサイ。そない大きい声出さんでも、挨拶はちゃんと耳に入んで。こちとらやっと朝練終えてクタクタやねん。せやから下駄箱で朝の挨拶運動とかほんまに勘弁して欲しい。

「宮くん……宮くん――宮侑くん!」
「え、あ……俺?」

 心の中で毒突きながら上履きを履き潰しよったら、挨拶運動を行っていた風紀委員のうち、1人の女子生徒が挨拶時と変わらへんくらいの声量を張りながら俺の名前を呼ぶ。まさか俺に向こうの世界からお呼びがかかるとは思ってへんくて、つい上履きを履きそびれてしまった。

「……なに? 挨拶ならちゃんと返してんで?」
「髪」
「かみ?……髪が何やの。俺、早よ教室行きたいねんけど」

 下駄箱で時間を喰われることを想定してへんかったから、髪という謎単語を発する女子生徒に苛立ちが湧き上がる。その苛立ちをわざとに隠さず、俺のもとへとやって来た女子生徒を見下してみるけど、あれだけの声を恥ずかしげもなく張り上げる度胸のある女や。俺の鋭い視線を真っ向から受け止め、同じくらい強い視線を返してくるから、図らずも見つめ合う形になってしまう。……いやほんま朝から何やの。

「髪色。それ、明らかに校則違反。染色は禁止されとうやろ?」
「はぁ? やからなに? そんくらいええやん別に」
「よくない。決まりは守る為にあんねやで」
「いやいや。こんくらい皆しとうやろ。何で俺にだけ突っかかってくんの」
「金髪とか高校生がしてええ髪色とちゃう。黒染めしいや」

……ほんまに、ほんまに。朝から何やの。つうか誰コイツ。女子と見つめ合うとか照れるわ〜とか、軽口叩きたかったけど。目の前に居る女子とは残念ながらそんな空気にはなれそうにもない。周りの生徒は俺らのやり取りを横目で見ながら巻き込まれないように通り過ぎるか、もしくは「侑、朝からナンパは止めとけ」とか、余計腹立つ言葉を投げかけていく。するか、こんな地味女。

「大体、なんでそれをアンタに言われなあかんの? てかアンタ誰」
「2年1組風紀委員のみょうじなまえです。宮くんの髪色、ずっと気になっててん。いつか絶対言ったろて思うてた」

 2年て。同い年やんけ。おったか? こんな地味女。今時“校則絶対”みたいな生徒居んねや。生きた化石か。ムカツク女に遠慮なんか要らん思うてじっくり上から見下してやる。
 黒髪、ぴっちり1本縛り。眉毛も整えとう感じはせん。耳も開いてない。スカートも膝丈。……みょうじという女子生徒は確かに1つも校則違反を犯している様子は見えへん。まぁせやろうな。そんなんやから俺の視界にも入らんと高校生活を送ってきたんやろうし。何なん、こんままお互いに交わらん世界線で生きていこうや。
 そう願ってももう無理な話。絡まれたからには嫌でも反応せんとあかん。あー、まじメンドイ。

「あんな、これくらい誰でもしとうことや。周り見てみ? 一緒に挨拶運動してる子らも眉毛剃ってるし、何なら透ピしてんやん」
「それは……、」
「誰でも1つや2つ校則違反なんかしてるて。みょうじサンやったっけ? みょうじさんも気が付いてへんだけで、校則違反の1つくらい犯してるんとちゃうの」
「……して、へん!……と、思う」

 段々小さくなっていくみょうじさんの声。見た感じ、明らかに校則違反は犯していないように見えるけど。俺の吹っ掛けた言葉にまんまと引っかかってみせるみょうじさん。この子、めっちゃ真面目やん。今頭ん中で必死にあの分厚い生徒手帳はぐってんねやろなぁ。てか俺の生徒手帳今どこあるんやろ。

「そういう訳で。これも1つや2つのうちて事で」
「あ、ちょっ! 宮くんっ!」
「はいはい、おおきに〜」

 こうなればもうこっちのモン。みょうじさんの横を通り過ぎ、後ろで尚もキャンキャン吼えるみょうじさんに後ろ手で手を振りながら歩き出す。言いたいヤツには勝手に言わせとけ。俺も勝手にやるから。もう関わってこんでな。そう心で言葉を返しながら。

「上履き! ちゃんと履かんとアカンよ!」
「アハハ」

 みょうじなまえさんか。全然知らんかったけど、おもろいくらいド真面目。髪色を指摘してきた声を躱したかと思えばすぐに次の注意を飛ばしてくるとか。どんだけやの。朝から凄いわ。尊敬する。

……もしかして俺がバレーに向ける情熱も、傍から見てみればあれくらい行き過ぎてんのやろうか。まぁどうでもええけど。



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