まばたきの隙間にみる夢

「あ。俺もこっち」

 電車に揺られること数分。待ち合わせ場所にしていた駅に着き、寂しさを抱えながら別れようとした時、治から思わぬ言葉を告げられ一瞬固まった。

 こっちというのは、私が乗り換えに向かう側。治の家はおにぎり宮側。つまりは反対方向。私について来る治を不思議に思っていると、「今からこないだの記者さんと会う約束あんねん」と種明かしをされた。

「……大人のおねいさんか」
「ちゃう、とも言えへんな。失礼に当たってまう」
「当たりでええやん」

 なんやそんなこと。少しでも長く一緒に居れると期待した自分がバカみたい。

「補足で訊きたいことがあんねんて」
「へぇ」
「ほんまは嫌やねんけど」
「ほぉ」
「いやほんまに。SNSでの話題が――とか、イケメンで話題の宮侑選手の双子で――とか。そういう店に直接関係のない話ばっかで。ほんまはちょっと嫌やってん」
「……ニヤついとったクセに」
「そ、そら内心な? そこはごめんなさい」

 そんなにしゅんとされるとは思っていなくて、私も「いやっ別にそんな怒っとうとかやないで?」と慌ててしまう。こっちこそごめん治。ただの嫉妬なんや。

「せやからほんまは断ろうと思ってたんやけど」
「……なんで受けよて思ったん?」

 治が嫌だと思っているのは本心らしい。そしてそれは私も嫌だと思っていた所だったから、逆にどうして追加取材を受けようと思ったのか。そこに疑問が湧いた。

「どうせやったら本当に取り上げ貰いたいこと喋ろ思うて」
「本当に取り上げて貰いたいこと?」
「例えばこれ」
「……梅干し?」
「うん。俺の店は俺だけやなくて、梅じいの梅干しのおかげ、そんでそれをお客さんに届けてくれるなまえや従業員のおかげで成り立っとう。そういう部分を拾って欲しい」

 あぁ、そうだ。私は、治のこういう所が好きなんだ。バレーをしている時も、ご飯を食べている時も。治はいつも真剣で。そういう優しさと逞しさを持ち合わせた治独特の空気が好きなんだ。

「好きやなぁ」
「え?」

 ぽつりと出た本音。それは治の耳にも届いてしまったらしく、パタリと歩みを止めた治から見つめ返されてしまう。……やばい。口から出てしもうた。

「お、治はほんまに食が好きなんやなぁて思うて」
「あ、あぁ。成程な。ビックリしたわ。俺なまえに告白されたかと思うた」
「あはは、そんなワケないやん」
「せやな、せよな」
「せやせや」

 どうにか取り繕い、治の口から出た正解もどうにか躱す。だけどちょっとだけ「そやで」って言ったらどうなっていたのか。怖いもの知らずだけれど、知ってみたい気もした。



 自宅近くで治と別れ、梅干しを冷蔵庫に入れた後。何となく点けたテレビではブラックジャッカルの特集が流れていた。Vリーグ優勝射程圏内か。まぁ木兎さんに佐久早くんに日向くんまで居るチームなんだし、射程圏内でないと困る。

「なんやかんやいうて応援チームなんよな」

 掃除で奥に押しやられたBJと刺繍されたタオルを見やる。バレーボール選手として誰よりも応援しているのは、やっぱり侑だ。

「……プロテイン、捨てるの勿体ないか」

 廃棄コーナにあったプロテインを拾い、段ボール側に置き直す。結局、散り散りだった侑の物が端っこに寄っただけな気がする。

 はぁっと溜息を吐いた時、私の物でも侑の物でもない黒のスウェットが目に入り「あ」と短い声が出た。

「忘れてた……」

 それはどの洋服よりも丁寧に畳んで、置く場所も他とは離しておいた特別なスウェット。あの日、醤油が着いた服は綺麗に落とすことが出来ず、寝間着として借りていたスウェットをそのまま借りて出勤したのだ。

 そしてそれを家に持ち帰って返すタイミングを逃したまま今に至っている。人に見られるのを避けていたからこそ、今日という日は絶好のタイミングだったのに。

「……よし」

 やらかした、という考えはやめた。チャンスと思えばいい。心機一転し、治に“スウェット返したいねんけど、取材終わり時間ある?”とラインを飛ばす。そうだ。これは治にもう1度会えるチャンスだ。

 返事は思ったよりも早く来た。“終わったら2丁目のコンビニで落ち合わへん?”という内容に可愛らしいスタンプを送り、治からの連絡を待つことにした。

 テレビの向こうでは侑が満面の笑みでインタビューに応えている。……この双子は大人なおねいさんに滅法弱いらしい。

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