暫し邂逅を待たれよ

「嵐山隊が先に新型倒しちゃったらしいですよ」

 みょうじさんまで慎重になって〜……とか、一対一ならともかく〜……とか。ブツブツ言い続ける菊地原くんの小言を遮るように言われた、「別に競争してるわけじゃない」という風間さんの言葉にギクリとする。私正直そこら辺競ってたなぁ……なんて。
 でも、菊地原くんだって内心競ってたってことでしょ? と、倒した新型を前に子供染みた言い訳を心の中で繰り広げていた時。

「腹の中に諏訪さんはいません。あるのはこのキューブだけです」

 歌川くんの言葉と共に新型のお腹の中から取り出されたのは、トリオンキューブのようなもの。どうやら、その中に諏訪さんが居るらしい。

「堤と笹森を呼べ。本部でエンジニアに解析させろ」
「生きてりゃいいですけどね」
「おい」
「歌川くん、それ見せて」

 諏訪さんが入ったキューブをまじまじと見つめてみても、デコボコもなければスイッチもない。本当にトリオンキューブのようだ。

「これから諏訪さん見る度に“トリオンキューブ”って思っちゃいそう」

 その言葉に菊地原くんと話していた風間さんが「逆だろう」と言葉を返してきた。

「逆?」
「トリオンキューブを見る度に諏訪を思い出す、ということだ」
「シューターが弾飛ばす度に諏訪さんが発射されるってことですか? ……ふはっ、それ諏訪さんが聞いたら怒りますよ」
「別に構わん」

 風間さんの言葉をもしも諏訪さんがキューブの中で聞いているのならば、諏訪キューブが諏訪さんに戻った時、真っ先に風間さんの元に来るんだろうなぁ。
 上がる口角を抑えながらキューブを見つめていると、笹森くん達が血相を変えて戻ってきた。

「諏訪さん!」
「諏訪さん……! こんな姿になって……!」

 諏訪キューブを見つめて悲愴な顔をする2人に「大丈夫。エンジニアの人たちが必ず取り出してくれるはずだから。諏訪さんが諏訪キューブから解放される為にもこれ、任せて良い?」とキューブを手渡すと大事そうに抱えて本部へと戻っていく2人。一先ず、これで諏訪キューブはどうにかなるだろう。

「三上、この辺りで被害が大きい場所はどこだ?」

 歌歩ちゃんに次の指示を仰いでいる途中で門が開かれ、そちらに意識を向ける。

「新型倒したばっかなのに……!」

 中から現れたのは新型ではなく、人型近界民だった。いかにもな装いをしたパッツン野郎は現れるなり「チッ、ガキばっかかよ。外れだな」と失礼なことをほざいてみせた。

「うわぁ。人型来ましたよ、風間さん」
「あぁ。しかも、黒い角。俺たちは当たりのようだ」

 黒い角。それはこのパッツンが黒トリガーということ。風間さんはパッツンの挑発を返すように“当たり”と言ったけれど、正直どんなタイプかも読めないし、気を引き締めてかからねば危ない相手だ。脳内をチラついていた諏訪キューブを振り払い、パッツンを見つめると菊地原くんがピクリと反応する。

「下です」

 その言葉とほぼ同時に下から棘のような形をした攻撃がせり上がって来たので、上へと跳びそれを躱す。

「なるほど。こういうタイプか」
「ホラ。やっぱ迅さんタイプだ。性格が悪い人ってタイプも似るんだなぁ」

 迅くんの戦ってる所、前に1回見たことあるけど、やっぱり搦め手がメインなんだなぁ。パワースタイルの私は弟子入りしなくて正解だったのかも。まぁ今の師匠も決してパワータイプではないけど。どちらかというと理論タイプ。だから自分なりに戦略とか考えてみたりするようになったんだし。でも、まだそれは試せていない。いつか試す時が来ると良いけど。

「集中しろみょうじ。三上、菊地原の耳をリンクさせろ」
「えぇ〜」
「頼むぞ。おまえのサイドエフェクトが頼りだ」
「はぁ……これ疲れるからイヤなんだけど……」

 風間さんの指示と歌川くんのフォローを受け、菊地原くんが髪の毛を結び連携体制に入る。私も聴覚共有は酔ってくるから苦手だ。でも、どこから攻撃がくるか分からない以上、これがパッツンとの戦いでは最善策だと思う。菊地原くんのサイドエフェクトで攻撃を躱しつつ、どうにか相手のスキを見つけねば。



「そろそろどこかで近付きたいですね……。私が行きましょうか?」
「いや、ここで下手に戦力を削ぐ訳にはいかん」

 風間さんの言葉に、自分も戦力と思ってもらえていることに場違いながらも嬉しく思っていると「あ〜面倒くせえ!! ザコに付き合うのはもう終わりだ!!」とパッツンが憤慨しだす。

「……来た!」

 パッツンの無差別攻撃を躱しながら風間さんがすぐさまカメレオンを起動させ、パッツンの隙を狙う態勢をとる。残念だけど終わったのは、パッツン。あんたの方だ。

「フルパワーで八つ裂きにしてやる!!」

 勝てるとパッツンが確信した瞬間、後ろに回っていた風間さんがパッツンの首を掻き切る。黒トリガー相手だったから、結構身構えたけど、菊地原くんのサイドエフェクトのおかげでどうにかなった。後で菊地原くんを褒めてやらねば。

「!?」
「!? 風間さん……!?」

 最後の悪あがきのように向けられた攻撃はちゃんと躱したはず。それなのにどうして首を斬られたパッツンが復活して、風間さんが倒れているんだ? 状況が掴めない私達をパッツンがしたり顔で見下している。

「オレは黒トリガーなんでな」

 風間さんがベイルアウト? そんな……まさか……。

「あのパッツン野郎なんなの……」
「一瞬でもオレに勝てると思ったか? 雑魚チビが」

 その言葉に私だけじゃなく、菊地原くん達の眉根にも皺が寄る。“雑魚チビ”って。チビはまだしも、風間さんを雑魚呼ばわりだと……? このパッツン……許せない。

「あんたのパッツン具合のがよっぽど雑魚だわ」
「あ?」
「いつの間にか体内に入り込んで攻撃って、ウイルスみたいなみみっちいことしてんじゃないわよ」
「んだお前、ブスがキーキーうるせぇんだよ」
「ブッ!? はぁ!? アンタ私をブス呼ばわり!? 趣味悪いんじゃない!?」
「おいおい、なんだ。こえー顔してんな。ブスがよりブスになってんぞ。来いよガキども。遊んでやるぜ! チビのカタキを討ってみろ!」

 許すまじ、パッツン野郎。まじで許すまじ。叩きのめしてやる――と意気込んだ瞬間、ベイルアウトした風間さんから“退け”という指示が飛んだ。

「俺がやられた正体不明の攻撃もある。不用意に戦えば無駄死にだ」
「でも……っ、」
「ムカつくんですよ、こいつ。このままじゃ引き下がれないでしょ」
「諏訪隊の笹森はおまえらより聞きわけがあったぞ」
「……!」
「好きにやりたいならそうしろ。おまえたちの仕事はそこで終わりだ」

 そうだ。あの時、風間さんの指示が妥当だと思ったじゃないか。いつだって風間さんの指示は正しい。私の師匠は風間さんだ。風間さんが居ない今、私がこの隊の最年長。……しっかりしろ、自分。

「ここで煽られても良いことない。風間さんの言う通り、一旦退こう」
「みょうじさんが1番喰いついてたクセに」
「……みょうじ、戦闘を離脱します」
「……ちぇっ、わかりましたよ」

 ここで風間さんの為に戦っても風間さんは褒めてくれない。他の局面で活躍するから。その時はちゃんと褒めて下さいよ?

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