カウントダウンを開始します

「なまえちょっと良い……?」

 資料をコピーしている時だった。洋子がコピー室に居た私を覗き込む様に尋ねて来たかと思いきや、もの凄く不穏な雰囲気を醸し出しながら私を呼び出す。そんな洋子の様子に私は慌ててコピーを中断し、洋子と共に給湯室へと向かった。



「葛原先輩なんだけど……」
「正臣さんがどうしたの?」

 マグカップにコーヒーを淹れる私の横でシンクに背中を預けた洋子が口を開く。それがどうも正臣さんの話題らしい口ぶりと来た為、私はその先を急く様に洋子に相槌を打つ。

「もしかしたら、だけど」
「うん、何?」
「……浮気、してるかも、しれない」

 後頭部を何かで殴られた気分だった。一瞬頭が真っ白になって、体がグラつく。そんな私を洋子が慌てた声で「大丈夫!?」と支えてくれる。

「ごめん、平気。……どうして、そう思ったの?」

 掠れた声で洋子に続きを尋ねると洋子が同じ態勢に戻りながら言葉を続ける。

「直野先輩と葛原先輩が昔付き合ってたって噂、知ってる?」
「……うん。本人から聞いた訳じゃ無いけど」
「こないだ2人が喫煙室で話してる姿見かけて。……なんか、その雰囲気がただの同僚って感じじゃ無くって……」
「そ、うなんだ……」
「あ、でも! 別に家から出て来たのを見た! とかじゃ無いから! そんな決定的なモノじゃ無いから安心して欲しいんだけどさ。ホラ、なまえが最近葛原先輩が会ってくれないって嘆いてたから。もし、本当に直野先輩とデキてるんだとしたら、あらかじめ心の準備要るかなって……、ごめん。余計なお世話だったかも」

 私が差し出したコーヒーを受け取り、口に含む洋子の口調が尻すぼみしていく。……確かに、最近正臣さんと会う回数は少なくなっている。もしそれが直野先輩が絡んでいるのだとしたら……。

 直野先輩と私自身を脳内で比べてみる。あの美貌が脳内に現れて、私を冷徹な目で見つめてくる。……駄目だ。勝てる要素が見つからない。

「ううん。そんな事無い。洋子も決定的な所を見た訳じゃ無いし、私自身が見た訳でも無いから。今は正臣さんの事信じる。でも、もしそういう事実があってしまった時の為に、心の準備だけはしておくよ。教えてくれてありがとう。洋子」

 私も洋子に倣ってシンクに体を預けながらコーヒーを啜る。……こんな心の準備、本当はしたく無いけれど。正臣さんはモテる。だからこの手の話は避けて通れないのだろう。これが正臣さんの彼女としての使命だ。それを含めても正臣さんが好きだから。

「……なまえは健気だね」
「そう?」
「そうだよ。普通だったら会う回数が少なくなっただけでも不満が溜まるのに、今度は浮気疑惑まで持ち上がったのに葛原先輩を信じるって。私だったら無理だなぁ。直ぐに詰め寄っちゃう」
「洋子は強いから出来るんだよ。私はそうする事で正臣さんに愛想尽かされちゃうんじゃないかなって不安のが大きいや」
「まぁそれで別れた事何度もあるけどね。なまえのそういう健気な所、私は好きだよ。葛原先輩もなまえのそういう所が好きで付き合ってるんだろうし。チクった身でこういう事言うの変かもだけどさ、自信持ちなね?」

 洋子が体勢を変えて蛇口を捻り、使い終わったマグカップを洗い出す。「なまえも飲んだ?」と訊いてくる洋子にお礼を言ってマグカップを差し出す。

「まぁ何かあったらいつでも話聞くから。大丈夫、なまえは可愛いよ」

 そう言ってはにかむ洋子はそこら辺の男性社員より、何倍も格好良く見えて、思わず胸がときめいていしまった。どうして洋子に彼氏が居ないのか疑問だったけれど、洋子の男前さに勝る男性が居ないのかもしれない。頑張れ、世の中の男子。

prev top next
- ナノ -