縺れて解れて強くなる

「あぁ、だいぶ泣いたわね」

 開口1番、真矢先輩がそう言って表情を歪ませる。とても苦しそうな、そんな顔。昨日、澤村先輩が私に向けた表情と似ている。傲慢さからくるものとはまた違う、優しさからくる、人の為に悲しめる、そういう慈悲を感じるものだ。

「真矢先輩〜……!」

 私は本当に人を見る目が無いのだろう。真矢先輩がこんなにも優しい人だという事を見抜けないでいたのだから。

「ご飯食べましょう。朝食は白米が良いかと思って。おにぎり買って来たわ。それと、これ。……私があげる資格なんてないのかもしれないけれど、良かったら」
「ありがとうございます」

 真矢先輩が差し出してくれたのは白米と、オレンジ色のガーベラ。明るい色をしたガーベラを見つめると心なしか前向きな気分になるし、白米を見ると頭の中に澤村先輩のご飯を前してみせる笑顔が浮かぶ。どっちも、私を励ましてくれる。感謝の気持ちで真矢先輩を見つめても、先輩の表情は花とは反対に、暗い顔色に見えた。



「私、みょうじさんに謝らないといけない事があるの」
「……?」

 買ってきてくれたおにぎりを頬張り、お茶を口に含んでいる時だった。真矢先輩がとても言い辛そうに口を開く。でも、私は真矢先輩に謝られる覚えが無くて、黙って言葉の続きを待つ。

「私が葛原と別れた理由ね。本当は私も葛原から浮気されたからなの。1度や2度ならず何度も。アイツがそういうヤツだって知ってた。……それでもみょうじさんと付き合いだした今なら改心してるのかもしれないと思って黙ってた。その結果がこれ。私がもっと早く葛原の浮気癖を教えてあげていれば。みょうじさんは今みたいに傷付かずに済んだかもしれない」
「そんな……。それは真矢先輩のせいなんかじゃ……」

 言う優しさもあれば、言わない優しさだってある。真矢先輩の優しさは後者だ。言わない事で、私にあらぬ不安を持たせない様にしてくれたんだろう。真矢先輩はそういう人だ。

「それに、あの時、喫煙所で高取さんを見た時、高取さんが怖い顔してたのにも気が付いてたの。横恋慕の類だと思っていたけれど……。まさかみょうじさんと親しい人にまで葛原が手を出してるとは思いもしなくて……」

 同じ経験者なのに手助け出来なくてごめんなさい。そう言葉を続けて頭を下げる真矢先輩に「頭上げて下さい! 真矢先輩は何も悪く無いっ!」と慌てて声をかける。

「それだけじゃ無いの……」
「?」

 頭を上げた真矢先輩の顔は慈しみの顔でも、怒りの顔でもない、とても深い悲しみに囚われている様な顔だった。

「……これは澤村くんにも話さないといけない事だから、もし良かったら澤村くんとも合流したいんだけど」
「私も澤村先輩にもお礼を言いたいので、連絡取ってみます」
「ええ。澤村くんも心配してたから、みょうじさんから電話して貰える?」
「分かりました」

 そう言ってスマホを取り出すと真矢先輩は買ってきていたサンドイッチをようやく口に運ぶ。……その手が心なしか震えている気がして、私は胸がきゅっと締め付けれらる思いがした。私だけじゃないんだ。真矢先輩だって正臣さんに苦しめ続けられているんだ。そう思うと、悲しみや絶望の他に、怒りが沸きあがってきたのが分かった。



「みょうじっ! 大丈夫か? 昨日は平気だったか?」
「はい。真矢先輩に今家まで来て貰ってて。それで、真矢先輩の顔見たら少し落ち着きました。……あの、澤村先輩。昨日は「すまん! 俺のせいでみょうじを傷付けた……!」

 私が謝るよりも先に澤村先輩の謝罪が聞こえてくる。その声も悲痛なもので。澤村先輩だって正臣さんに傷付けられているんだと実感する。私達は全員被害者だ。

「俺が葛原に恨まれる様な事をしちまってたらしい……。そのせいでみょうじを巻き込んで……結果こんな事になって……俺、みょうじに合わせる顔ねぇよ……。だけど、やっぱりみょうじが心配なんだ。……ごめんな、みょうじ」
「先輩達のせいじゃ無いです。正臣さんと付き合う事にしたのは私の意志です。そこに、真矢先輩や澤村先輩が責任を感じる事なんて無いんです。むしろ私が2人に謝らないといけないんです」
「いやでも……、元はと言えば……」
「……どうして傷付けられた者同士で謝らないといけないんですかね。……謝って欲しい人は別に居るのに」
「それは――そうだな」

 澤村先輩の声のトーンが落ちる。思い浮かべているのは同じ人だろう。やっぱり、私達は何も悪い事してない。だからもう私達で謝り合うのは止めにしよう。大好きな2人とはもっと明るい前向きな話をしたい。

「あの、澤村先輩。実は、真矢先輩が3人で話がしたいそうなんですけど、今から出てこれますか?」
「あぁ。分かった。……友達に頼んで、体育館借りれるか聞いてみるよ。会議室空いてると思うし、そこならゆっくり話せるだろ?」
「ありがとうございます。じゃあ真矢先輩と向かいますね」

 電話を切って真矢先輩に話をして、一緒に車に乗り込む。運転席に座る真矢先輩の表情はまだ暗くて、それが私の心を締め付ける。私を見つめた真矢先輩や澤村先輩はこういう気持ちだったのだろうか。……この人を守りたい。この人の為に強く在りたい。そういう強い気持ち。

prev top next
- ナノ -