暗躍するヒーロー
 それから俺とみょうじさんは良く話すようになった。相変わらずみょうじさんは色んな人に都合良く使われていたし、その度に誰も居ない場面でみょうじさんに手を貸し続けた。
みょうじさんはいつも笑うか照れるか、そのどちらかだった。怒る姿が見たくて何度かセクハラに近い行為をしてみせたけれど、みょうじさんは怒らないで照れた様子を見せるだけだった。照れたみょうじさんなんて、他のクラスメイトは見た事ないだろうから、それはそれで優越感に浸れて良かったけれど。

 でも、俺はそれだけじゃ足りなくなっていた。

 俺はみょうじさんの本音が見てみたい。未来が視えても、本音は見えない。みょうじさんの本当の気持ちを見てみたい。それは、みょうじさんが見せてくれないと見れないものだ。どうしたらみょうじさんの本音が見れるんだろう。そんな悩みが俺の生活の中で1番の悩みとなっていた。……そして、そんな事で頭を抱えるのを、楽しいと思っていた。しかし、その悩みは意外と呆気なく終わりを迎える事になる。

 それを、この時の俺はまだ知らない。



 ある週の金曜日、俺はファミレスに顔を出していた。本当だったら断る行事の筈だったクラス会。何故俺がそれに顔を出しているかというと、これまたみょうじさん絡みだ。
誰かが言い出した「クラス会でもして、親睦を深めよう!」という話題。あれよあれよと盛り上がって、開催が決まったはいいものの、これだけの大人数を纏めるのは面倒だと思ったのか、話題を出した張本人が「幹事を決めよう!」と言い出す始末。

 そんな時大抵白羽の矢が立つのはみょうじさんだ。そしてまた「みょうじってしっかりしてるし、こういう事も安心して任せられると思う!」そんな調子の良い言葉と共にみょうじさんは幹事という選択肢を選ぶ羽目になっていた。

 親睦なんて、深めようと思って深めるものじゃないだろう。勝手に気の合うヤツと深まっていくものだ。しかし、深めようと思わないと、相手がどういう人か分からないというのもこれまた事実で。クラス会自体は別に反対じゃない。それでも、このクラス会にあまり乗る気がしないのは、良い所だけを甘受しようとしているクラスメイトの甘ったれた考えが嫌いだからだ。そんなヤツと仲良くなりたいなんて思わない。

 そんな風に思っている俺が、このクラス会に参加を決めたのは、みょうじさんをそういうヤツらの中に1人にしたくないと思ったから。

 結果として何でも1人でこなそうとするみょうじさんを影ながら手伝い、こうして当日もみょうじさんを手伝う為にここに来た。ワイワイガヤガヤと盛り上がる店内でみょうじさんは今も店員さんと話をしたり、クラスメイトの要望を聞いたりと忙しなく動き回っている。あーあ。みょうじさん、自分の席も確保出来てないじゃないか。

「迅くんがこういう会に顔出すの珍しいよね!」
「迅くんって今彼女居るの?」
「クラスで良いなって思う人とかは? 居たりする?」

 そして、俺を取り巻く彼女らはそんなみょうじさんに気付きもしていない。今も自分をアピールする事に必死になっている。……どうしてこんな人たちの為にみょうじさんは自分を犠牲にするのか。みょうじさんが怒らない代わりに、俺の心に腹立たしさが積もっていく。

「あー、悪ぃ。俺トイレ」

 みょうじさんがようやく一息吐いたのを見計らって、俺もその輪から抜け出す。やっとあの輪から解放された。それまでみょうじさんがずっと動き回っていた証拠だ。というか、みょうじさんはあの連中の中でも笑顔を浮かべていられるのか。俺なんてあの時間だけでも引き攣ったっていうのに。人が良過ぎる。

「みょうじさん。こっち」
「迅くん!」
「はい、これ。何にも食べれてないでしょ」

 座れる席を探していたみょうじさんにあらかじめ確保していた席へと誘導する。ここはクラスメイトからは死角になる席だし、みょうじさんもゆっくりご飯が食べられる。そう思って取り分けておいたご飯を差し出すとみょうじさんは嬉しそうに笑ってくれる。

「迅くんって、影のヒーローって感じだよね」
「えっ、何それ?」
「いっつも私が困ってる時に影ながら手を貸してくれる。暗躍者って感じ。だから、影のヒーロー」
「……それは、格好良いのか、悪いのか」
「ふふ、どうだろう? でも、私からしてみれば迅くんは十分格好良いヒーローだよ。いつもありがとう」
「そりゃどうも」

 みょうじさんの言葉にらしくなくも照れてしまう。……いつもは俺がみょうじさんを照れさせているのに。なんだか仕返しをされた気分だ。それなのに、嫌な気分にはならない。それどころか、嬉しいと思ってしまう。

 みょうじさんがクラスメイトに向ける笑みは作られたものを感じる。でも、今こうして俺に向けて「美味しいね」と笑うその笑顔は偽りじゃ無いと分かるから、俺はそれが堪らなく嬉しい。その笑顔も、照れた姿も。ずっと見ていたい。あわよくば、それ以外のみょうじさんも。みょうじさんの全部が見たい。どうしたら、見れるのだろう。

「それは良かった」

 みょうじさんの笑顔にそう言葉を返し、俺はまた綿あめのような甘い悩みに浸るのだ。

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