君じゃないと 君なんだ やっぱり
 俺は大学には進学しなかった。なまえが進学する大学に進む事も少しだけチラついたけど、それも直ぐに消した。それからはボーダーで指示された通りに動いて、後は適当に毎日を過ごす。そんな日々を繰り返した。最近は玉狛支部に新しいメンバーが入ったり、新しい人との出会いもあったり、それこそ風刃を手放して、俺もA級隊員に戻ったりして、また太刀川さんとランク戦をやれる事に楽しみを見出せるようにもなった。

 学校ではのらりくらりと人と関わる事を避けてきたけれど、ボーダーでは違う。ここは皆恋愛うんぬんを抜きにして自分を鍛錬する事に重きを置いている。だから、そういう面倒くさいと思っていた感情を思い出さずに済む。

 ボーダーに居る女性隊員の中でも許されそうな人のお尻を撫でてみる。そうすると大抵の女性は怒って、やり返してきた。……これが普通なんだよなぁ。熊谷ちゃんに殴られた頬をさすって、今も俺の心に燻り続ける愛しい人物を思い出す。

 恋愛うんぬんはやっぱり面倒だと思う。けれど、なまえの事だけはそういう次元のものじゃない。思い出せば、それだけで、あの日々で感じた甘い気持ちが蘇って来て、俺は何度も何度も実在しないその思いに縋る。

 なまえは今楽しくやれているのだろうか。もう関わる事が無くなってしまった今では、なまえを視る事すら叶わない。

 なまえと同じ大学に進学した嵐山を視てみても、なまえの姿は見えてこない。なまえは嵐山の隣に居る事で笑顔が増えるのだと思っていたのに。やっぱり人の未来は良く分からない。それが俺を不安にさせる。なまえの側に居てやりたい。そうすればなまえの未来を俺が視て、なまえに降り注ぐ不幸な未来から影からでもそっと守ってやれるのに。

 もしも、が許されるのならば。今のなまえを視た時になまえが泣く未来が無くなっているのならば。俺がもう1度なまえの側に居る事は許されるのだろうか。そんな甘ったれた願いを持っても良いのだろうか。



 大学に進学してから、私は悠一くんが居ない学校生活を過ごしていた。高校では偶然はちあわせる事もあったけれど、大学には悠一くん本人が居ない。それがすっごく寂しい。

 大学ではボーダーに属する人が多く居て、悠一くんを間接的に知ろうと思えば知れた。けれど、それは逆でも言える。ボーダーに属する人と話をしていると、必然的に共通の話題を探す。私にとってそれは悠一くんで。大学で知り合った太刀川さんと話した時、悠一くんについて話をする機会があった。その時に悠一くんが持つサイドエフェクトについて知らされた。

「あいつは目の前に居る人間の少し先の未来を視る事が出来る。それってズルイと思わねぇ?」

確かそんな事を言っていた様に思える。“狡い”……か。戦闘においてはそうなのかもしれないけれど。日常生活を送る上では物凄く大変だと思う。見たくないものまで視えてしまうんだろうし。そうなると、悠一くんはあの時からずっと私の事も視て、いつも先回りして守ってくれてたんだろうね。1年と呼べる程前になってしまったあの日々を思い返しても、私の気持ちは悠一くんに向けられたまま。

 もう1度悠一くんに会えたなら。それは、悠一くんが誰かの未来を介して視た私なんかじゃなくて、真っ白な状態で、私自身を見て欲しい。そして、その時もう1度私の気持ちを伝えれる事が出来るのなら。それを悠一くんが許してくれるのなら。

 だから私はボーダー隊員の人と深く関わるのをわざと避けた。事情を知っている嵐山くんが周りの人に上手くフォローを入れてくれたおかげで、私は浮かずに済んでいる。

 とはいっても、嵐山くんは嘘が下手だから、私と悠一くんの関係性はほぼバレているに近いのだけれど。時々ボーダーの人と会うとその度に「早くくっ付け」とか「迅くんってば欲求不満なのかしら?いっつも女子隊員のお尻触ってるのよ」とか「みょうじの好きなヤツとまたランク戦出来るようになったんだぜ!」とか。そういう情報は私の元に届いてきていた。悠一くんが元気にやっているようで良かった。

 私の情報は悠一くんの元に届いているのだろうか。会って聞いてみたい。皆から聞く情報じゃなくて、ちゃんと。会いたい。もしも悠一くんの元に私の情報が行ってるのだとしたら。一つひとつの話を私の口から改めてしたい。悠一くんがそれを受け入れてくれるのならば。



 防衛任務に就いている時だった。久々に市街地に門が開く。あぁ、そういえば初めてなまえが泣いたのも市街地に門が開いた時だったっけ。そんな事を思いながら門から出て来た近界民を倒す。あの時、俺が右手に怪我を負って。その姿を見て怒ってくれたっけ。可愛かったなぁ。

「……悠一くん?」

 幻聴かと思ったその声は、なまえの姿を捉えた俺の瞳によって現実だと思い知らされる。

「なまえ……」
「みょうじ大丈夫だったか!?」
「あ、うん。ありがとう。嵐山くん」

 なまえの後を追って来たのは嵐山で。その瞬間に、なまえの笑う姿が濃く流れ込んでくる。…なまえの幸せはこの先に繋がっている。俺の出る幕は無さそうだ。…なまえの幸せはちゃんと続いている。なまえが泣く未来はもう視えない。……良かった。本当に。

「じゃあ、俺はこれで。後はお2人でごゆっくり」
「迅。待ってくれ。俺がどこかへ行くから、お前とみょうじさんが2人で話し合え」
「えっ、あ、嵐山くん?」
「……じゃあな。みょうじさん。しっかり話し合うんだぞ」

 そう言って俺となまえを見やる嵐山。嵐山はなまえと付き合ってるんじゃないのか?嵐山の意図が掴めなくて、姿を消した嵐山の後を辿っても、もう何も見えない。

 代わりにその場に残されたなまえを見つめると、なまえからはしっかりと幸せそうな笑顔の未来が視えてくる。そんななまえを見て、俺は思わず苦笑してしまう。

 まさか、ここに来てなまえが笑顔になる未来の選択肢に俺が入る事になるなんて。そんな我儘がまかり通って良いのだろうか。なまえはそれで良いのか。

「悠一くん……、会いたかった……」

 あぁ、なまえが俺に選択肢を出してくる。でも、その選択肢はもう無いに等しい。だって、俺が選びたい選択肢はいつだってなまえが望む選択肢なのだから。

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