リップノイズは意味を成さない
5話の後

「……なんだか、急に恥ずかしくなっちゃった……」

 そう言って笑うみょうじさんを見ると、胸を抉られる様な甘い痛みが俺を襲う。これから先、ずっと俺はこの痛みを抱えないといけないのだ。みょうじさんの告白を受けるというのはそういう事だ。

「迅くんが、私の彼氏、って事で良いんだよ、ね?」
「……俺の彼女はみょうじさんって事だから。そうなるね」
「……うわぁ。待って。すっごく恥ずかしい。ごめん、私今迅くんの顔直視出来ないっ」

 そう言って顔を手で隠してふらつくみょうじさん。何をやってるんだ。耳まで真っ赤にして。可愛いが過ぎる。こんな可愛い生き物に好きだと言われて、突っぱねる程の理性を持ち合わせていない。俺は器の小さな男だ。己の感情に苦笑してしまう。可愛いこの人の未来を涙に染める事が分かっているのに、俺は俺の我儘でこの人を俺のモノにしてしまった。でも、みょうじさんが誰かのモノになる未来は見たくない。……俺は一体、どうすれば良いのか。これ程までに自分のサイドエフェクトを疎ましく思う事があっただろうか。

「あっ、」

 くねくねと恥ずかしがっていたみょうじさんが風に煽られてその体をふらつかせる。俺は咄嗟に利き手を出してその体を自分へと引き寄せて、抱き締める。

「あっぶねー……」
「ご、ごごごめんっ、迅くんっ!」
「……みょうじさんこそ、平気? 足捻って無い?」
「迅くんこそっ! 手っ!」

 顔を赤くしたかと思えば今度は白くして、そして真っ青にしてみせるみょうじさんの瞳は俺の右手へと注がれている。

「あれっ? 傷、無い……?」
「あー……」

 わざと言っていなかったから、白状しないといけないこの現状に冷や汗が出てくる。怒るみょうじさんが見てみたいと思っていたのも事実だが、この状況では怒らせたく無い。……さてどうしたものか。

「ごめん。あの時の俺、トリオン体っていって、簡単に言えば、戦闘用の体だったんだ。だから、あの体で負った傷は生身の体には何の支障もきたさなくて……。だから、本当は今日1日いつも通りの生活を送るのに、何の不便さも感じてませんでした……。黙っててゴメンナサイ」

 怖くなって、みょうじさんの未来を視ようとした。それよりも先にみょうじさんの腕が俺の背中に周るから、俺は体を固くしてしまう。目線だけでも下に向けて姿を捉えようとすると、「良かった〜……!」と力が抜ける様なみょうじさんの声が先に耳に届く。そうして一歩遅く視線が下りた俺の目線と、みょうじさんの目線がかち合う。へにゃりと笑うみょうじさん。こんな状況でも怒らないなんて。みょうじさんの人の良さは妹さんの事があるよりも前から出来あがっていたみょうじさん本来の性格なんだと思う。

「黙っててごめん。みょうじさんが側に居てくれるのが嬉しくて」
「そういう事なら、これからはずっと側に居るから。今度からはそういう隠し事はしないでね?」
「……分かった。ありがとう、みょうじさん」
「うん。……でも本当に良かった。迅くんの手に後遺症でも残ったら、って私すっごく心配だったから……」
「そんなに心配してくれてたんだ……。ありがとう」
「当たり前でしょ? だって、私、迅くんの事すっごく大事に思ってるから」

 愛おしさに身を任せて、みょうじさんの額に自分の唇を合わせる。

「!? じ、迅くんっ!?」
「もうこれはセクハラ行為にはならないよね? だって俺の彼女だし」
「〜っ! 迅くんてば狡い!」

 今こうして俺に照れ隠しの様に声を荒げるみょうじさんは紛れもなく、本当の気持ちを持ったみょうじさんで。そんな姿を見せてくれるみょうじさんの事がやっぱり好きだと思った。そして、それと同時に俺の胸は苦しさをも抱える。これが俺の選んだ選択肢。だから、ごめん。みょうじさん。こんな俺をみょうじさんは許してくれる?

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