ないものねだり
「オハヨ。今日も1番乗り?」
「みたい。まぁ主将だしね」
部室棟に向かう途中、同じクラスの松川と出くわし立ち止まる。どうして松川が私がいつも1番乗りなのかを知っているのは、簡単な理由。
「そういう松川だってもう着替え終わってる」
「でも俺は1番乗りじゃない」
「それはホラ。向こうも主将だから」
「ハハ。主将は大変ですな」
「そりゃドーモ」
今のは及川を褒めたんだけど? とからかう松川をひと睨みし、琴音はあとちょっとで来ると思うと告げて歩みを戻す。
私が言った“主将だから”という理由。松川には――男バレには通用しないってことは多分お互い分かっている。現に、主将でもない松川は私よりも早く来て、既に着替えも済ませた状態なのだから。
みんな、一生懸命やってる。だから私も、私なりの一生懸命を貫いていればいつかきっと。……そんな淡い期待を抱き、朝冷えのする大地を踏みしめる。
「あ、みょうじ」
「ん?」
「今度ブロック練習付き合ってくんない?」
再び声をかけて来たかと思えば、まさかの練習のお誘いで。冗談を言い合う時間はお互いにあまりないハズなのに、一体どうしたのだろう。
「後輩にやってもらいなさいよ」
「いやぁ、ドシャット決めたいじゃん?」
もしこれを冗談で言っているんだとしたら、いくらクラスメイトといえどぶっ飛ばしてやろうかと本気で思う。
「ちょっと。それ一体どういう意味」
「ボーナスステージ体験したい――的な?」
「ほぉ。鬼ムズステージかもしれないけど?」
「やってみねぇと分かんねぇじゃん?」
松川の目の前に立って頭1つ分、いや2つ分は先にある松川の顔を睨みつける。そんな好戦的な私の視線を余裕タップリな笑みで返し、「部活、頑張れよ」と立ち去る松川。
お前もな! という乱雑な言葉は、心の中に留まらせた。琴音だったらこういう時、「もう〜っ!」と可愛く拗ねてみせるんだろう。
だけど、松川にそんな姿を見せたいか? と問われるとそれには首を捻ってしまう。松川とはこういう冗談を言い合える関係性が良い。
「ったく。……さて。私も頑張りますか」