優しい意地悪

 手芸部に入って1週間。先週の部活動は2日間で白と茶色の猫が出来上がった。みんなから可愛いと言って貰えて嬉しかったから、今も家の机に飾っている。

 先週ぶりの部活動が今日もまたやって来た。バレー部に入った友達は毎日続く朝練や放課後の練習にクタクタの様子だが、私は部活動が楽しみで仕方ない。

「なまえのそれ何?」
「今日の部活で使うんだ」
「この布切れを?」
「うん。そう」
「へー。まじで手芸部やってんだね」

 関心した声をあげて放課後の部活動を嘆く友達。やっぱり体全体を動かす活動は相当ハードなようだ。

「お互い頑張ろうね」
「うん。頑張る」

 でも、部活動を頑張りたいという気持ちはどの部活でも一緒。私も新しい裁縫、頑張らなきゃ。



「おぉ、結構あったんだな」
「はい。これだけあれば十分ですかね?」

 持ってきた端切れを部長に見せ、「足りるだろ」とGOサインを貰い早速作業に入る。
先週、猫を作り終えた時に「こんだけ器用なら作りたいの、作ってみれば?」という部長の提案で家のシートクッションが古くなっていたのを思い出し、それを作ることにした。そして、どうせなら家にある端切れを使ってパッチワークしたいと伝えた所、「良いじゃん」と背中を押して貰えたのだ。

「結構家でも裁縫すんの?」
「ええ、まぁ」
「へー。そっか。裁縫楽しいもんな」
「そうですね」

 端切れの形を整え、布合わせをしていると部長が「この組み合わせは?」と一緒にデザインを考えてくれたおかげで満足の行くデザインが出来上がった。後はこの端切れたちを縫って、そこからカバーの形にしていく。あぁ、やっぱり裁縫は楽しい。

「みょうじさん、もう今日は時間だから。明日にしとけ」
「えっ、時間経つの早いですね……」
「はは。みょうじさんめちゃくちゃ真剣だったしな」
「すみません、つい。裁縫しだすと時間忘れちゃって」
「うん。知ってる」

 いざミシンを、という所で部活終了の時間が来てしまい、部長によってストップがかかる。もうちょっと入り込みたいんだけどなぁ……。18時までって意外と短いもんだ。明日も18時までだし、物足りない。楽しい時間ほど過ぎるのは早いものだ。

「……俺さ、部長じゃん」
「? はい」
「だから、持ってんだよね」
「なにをですか?」

 萎んだ気持ちを抱え、アイロンを片していると部長が周りには聞こえないような小さな声で話しかけてくる。それにつられるように私の声も小さくなるから、必然的に近い距離で話すようになって、またしても整った顔面を近い距離で見ることになり、心臓が忙しない。

「家庭科室の鍵」
「カギ」
「そう、鍵」
「はい……」

 鍵を持っていることは周りには秘密にしないといけないことなんだろうか? そんな思いで部長の顔を見つめると部長の顔がニヤリとしたものへと変わる。いつもとは違う、悪戯を思いついた悪戯っ子の笑みだ。

「だから、20時までなら延長してやる」
「えっ?」
「みょうじさん、もっとやりたそうだったからさ。20時までなら家庭科室使えるようにしてやるよ」
「えっ!? 良いんですか!?」

 思わず声のボリュームが上がってしまった私に「しーっ!」と人差し指を口に当てて注意する部長。そのジェスチャーに慌てて「で、でも……」と再び小声で話を続けると部長も「毎回は無理だけど」と同じボリュームで言葉を返す。……正直、凄く嬉しい。でも、それって部長を付き合わせるってことだよね? それは一部員として凄く申し訳ない。

「俺も衣装作り進めたいし。俺、たまに残ることあんだわ」
「そ、そうなんですか?」
「うん。だからみょうじさんも俺のオマケってことで」
「ありがとう、ございます」
「おう。でも今日明日は無理だから、来週からで良いか?」
「勿論!……です」

 元気よく返事をしてしまい、自主的に声を小さくした私を部長はまたしてもおかしそうに笑う。部長、どんだけ面倒見良いんだろ。凄いなぁ。みんなから慕われる訳だ。

「あ、それと明日の部活なんだけどさ。2・3年は集会があって部活に顔出すの遅れそうなんだよね。もし良かったらみょうじさんに明日の昼、鍵預けても良いか?」

 話をしていた相手が丁度1年生だからというのが大半の理由だとは思うけれど、部長から頼み事をされたのが嬉しくて、私はその言葉に今度こそ「勿論!」と大きな声で返事をしてみせた。

「じゃあ、明日私が部長のクラスに行きます!」
「いや、良いよ。俺がみょうじさんのクラスに行くから」
「いえ! 校内散策もしてみたいので!」
「迷子になりに行くのか?」
「ち、違います!」

 部長は私を方向音痴にしたがる。……自分ではそんなことないと思うんだけど。ただ2回目の部活動も少しだけ家庭科室に辿り着くまでに遠回りしただけなのに。家庭科室に辿り着いた時、部長が教室の前に居て、「まさかとは思ってたけど……」と安心半分、笑い半分といった顔を向けられたのが記憶に新しい。仕方ないじゃん。入学してまだ少ししか経ってないんだし。

「じゃあお願いしても良いか? 俺の教室は3階の、」
「3年生の教室は分かります」
「分かってても、だし?」
「もうっ、部長!」
「あはは、悪ぃ」

 意地悪な言葉に私が頬を膨らませると部長はようやく謝罪を口にしてくれる。まったくもう。部長は優しいのに意地悪だ。でも、こうやって不良相手に怒りを露わに出来るのは部長だからだ。部長は決して高圧的な態度をとることはない。そういう所、やっぱり良いなぁって思う。

「でも、ほんとに体育館とか分かり易い場所で集合とかにしなくて大丈夫か?」
「それは……意地悪ですか? 思いやりですか?」
「両方?」
「……」

 部長は、優しい。そして意地悪だ。
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