特別枠

 生きた心地のしない廊下をひた歩き、大きく息を吸って意を決し踏み入れた家庭科室。そこは溢れんばかりの女子の声。しかも銀髪さんを認識するなり「部長!」「お疲れ様です!」と向けられる声は本当に部活動そのもの。
 口をポカンと開けた私に銀髪さんが「な?」と微笑む。言った通り、ソレとコレは別らしい。でも、こうなると銀髪さんがどうして手芸部に入っているのかという疑問が再浮上する。もしかして幽霊部員とか?

「部長、今年の展覧会についてですけど」
「部長、早速で申し訳ないんですがコレ見て貰えますか?」

 ワラワラ押し寄せる声に銀髪さんは「おー」と慣れた様子で対応している。どうやら幽霊部員ではないようだ。まぁそうでないと部長なんて務まらないんだけれども。銀髪さんの後ろでひっそりと観察していると、部員の1人が私に気付き、「部長。その子は?」と尋ねてくる。……あ、この人見たことある。確か、部活動紹介の時に居たような……。

「あ、紹介するわ。入部希望者の、名前は――」
「っ、みょうじ、なまえです……」

 銀髪さんは私の腕を掴み、そのまま自分の隣に立たせて自己紹介を行おうとしてくれた。でも名前を名乗っていなかったせいで、銀髪さんは私の名前を言おうとした段階で私の顔を覗き込んでくる。近い距離で真っ直ぐ見つめられて、変に緊張してしまった私は自分の名前を言うだけなのに声が裏返ってしまい、恥ずかしさから顔を俯かせてしまう。

「へぇ。みょうじなまえって言うんだ。可愛いな」
「うぇっ!?」

 少しだけ開いてしまった間を取り持つ為なのか、銀髪さんはそんなことをこともなげに言ってくる。いやいや、これじゃ逆にどうしたら良いか分からないんですが……。可愛いなんて初めて言われたし……。うわ、やばい、照れる。余計頬が熱い。

「みょうじさん。手芸部へようこそ! 副部長の安田です。これからよろしくね!」
「あ、はい……。よろしくお願いします」

 本格的に言葉を紡げなくなってしまった私に、安田先輩が優しい声をかけてくれる。部活動紹介で見かけた安田先輩はあの時と同じようにハキハキとした口調で喋り、「活動内容とか具体的に説明するね」と説明役を買って出てくれた。……良かった、本当に銀髪さん以外は普通の子だ。
 安田先輩の後を歩きながら胸を撫でおろしていると銀髪さんが「はは、みょうじさんめっちゃ安心してる」と笑う。

「だ、だって……!」
「んじゃ俺、衣装作り入るわ。みんな、分かんねーことあったら声かけてくれな」

 焦る私を笑ったかと思えば、直ぐさま部長らしい顔つきに変わり部員に声をかける。銀髪さん、本当に手芸部の部長なんだ。暴走族なのに。意外過ぎる。

「みょうじさんも。困ったことあったら俺にすぐ声かけてな!」
「は、はいっ」

 迷子だった私を助けてくれたり、私にも声をかけてくれたり。……銀髪さんってそこら辺の人より優しいのかも。見た目で判断しちゃいけないなぁ。私は早くも自分の感じていた不安がなくなっていくのを感じていた。



「おっ、猫じゃん」
「わっ、」

 安田先輩に軽く説明を受けた後、何か作ってみようという話になり、選んだのは羊毛フェルト。サクサクと針を刺して猫をかたどっていくうちに、時間を忘れてしまう程に集中していた。そして、夢中になり過ぎたせいで近い距離に突然現れた銀髪さんに驚きの声をあげてしまう。

「あ、悪ぃ。めちゃくちゃ手際良いからつい」
「い、いえ……」
「にしてもみょうじさんってまじで器用なんだな」
「あ、ありがとうございます」
「これだったら明日もう1体作れるんじゃね?」
「ですかね?」

 おう! とはにかむ銀髪さん。何度見ても何度でも思うけど、本当にイケメンだなぁ。始めは怖いって思ってたけど、こうやって部長やってる姿見てると怖いなんて感情浮かばないや。

「じゃあ明日は色違いの猫ちゃんに挑戦してみます……!」
「おう、頑張れ。……あ、みょうじさんってクラスどこ?」
「え?」
「いやほら、方向音痴っぽいから。迎え行こうかと」
「大丈夫ですよ! 今日一緒に来たし!」
「ほんとかぁ?」
「ひ、ひどいっ!」
「あはは、悪い悪い」
「っ、」

 部長、と呼ぶ声に反応した銀髪さんはそのまま腰を上げて私から離れていく。……銀髪さんは自分がイケメンだっていう認識はあるのだろうか? てかして欲しい。じゃないとあの笑顔にプラス頭ぽんぽんはヤバすぎる。破壊力半端ない。

「みょうじさん、明日もまたよろしくね」
「あ、はいっ。こちらこそよろしくお願いします!」

 呆けていると安田先輩が声をかけてきて、我に返り慌てて言葉を返す。

「安田先輩って、部活動紹介の時いらっしゃいましたよね?」
「うん、部長の代わりにね」
「私てっきり部長は安田先輩なのかと」
「部長は不良だからね〜、先生が駄目だって」
「あぁ」

 入部希望者が居なくなるかもという懸念は当たっているのかもしれない。実際、もしも銀髪さんが部活動紹介をしていたら私は今ここには居ない。……まぁ、ここに居るのは銀髪さんのおかげなんだけれども。

「でも、部長はちゃんと部員のこと見てくれるから。皆、適任だと思ってる」
「はい。私もそう思いました」
「ふふ。でしょ? 他の不良は嫌いだけど、部長は尊敬してる」
「私も同感です」

 安田先輩の言葉に頷きを返し、部員に囲まれている銀髪さんを見つめてみる。……うん、やっぱり、銀髪さんは不良でも特別だ。怖くない不良。そんなの、銀髪さんが初めて。

「なんか、特別枠の不良ですよね」
「そうだね。部長枠かな」
「あはは、部長枠!」

 安田先輩と2人して笑い合っていると「安田さんとみょうじさんもう仲良くなってる。ずりぃ」と銀髪さんが羨ましそうな声をあげる。……うん、銀髪さんは怖くない。

「えへへ。部長のおかげです」
「えっ、俺?」
「はい。ね、安田先輩?」
「うん、そうだね」

 何、どういうこと? と首を傾げる部長を見てまた2人で笑い合って。こんな風に誰かと夢中で話して笑うのなんて久しぶりだ。

「部長、また明日もよろしくお願いします!」
「おう! また明日な」

……ここに来れて、本当に良かった。
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