思いっきり不安

 中学生になったら、部活も小学校の時と違って本格的になる。出来るだけ部活には所属するようにというのが学校の方針。そして、私は既に何の部活に入るか決めている。

「一緒にバレー部の見学に行こう」という友達の誘いを断り、向かうは家庭科室。父親と2人暮らしをしていることもあり、小さな頃から家事全般に触れてきた。その中でも裁縫をしている時は夢中になれたし、友達と遊べない環境すら我慢出来た。
 だから、どうせなら部活として思いっきりやりたい。それが私が手芸部に入る理由。あと、木・金の週2回という活動頻度もありがたい。作った作品は家でも使えるし。

 とにかく、そういう諸々の理由が重なり、私は手芸部に入ることを決めている。……のはいいけれど。何せまだ慣れない校舎。家庭科室は一体どこにあるのだろう? 学校の地図が欲しい……。確か3階とは聞いた気がするんだけど。……あれ? B棟の方だったっけ? そんな思いでウロウロと校舎を彷徨う事数十分。諦めて帰るという選択肢が脳内に浮いてきた時。

「迷子?」
「あ、家庭科室っていったヒィッ、」

 家庭科室って一体どこにあるんですか? と言おうとした私の言葉は悲鳴に変わり、そのまま言葉を吸い上げた。救いの手を差し伸べてくれる人だ。優しい人に違いないと相手を見ずに言葉を紡ごうとしたのが間違いだった。

「家庭科室ぅ?」
「えあああの……いえ、その」

 目の前に居る男子生徒は柄の悪いシャツを制服の下に着用し、首にはドキツいネックレスをしているいかにもな不良で。しわがれたガラ声の段階で気付くべきだった。
 にしてもまさか放課後にこんな場所でカツアゲされる予想は出来ていなかった。どうしよう。ここら辺全然人来ないじゃん……。助けて、誰か私を助けて……。

 ガクガク震えている私を目の前の不良は高い位置から見下ろしてくる。「迷子ってんの?」と尚も状況を確認してくる不良に「イエッ、ハ、ハイッ」と良く分からない返答をすることしか出来ない。なんと答えればこの窮地を脱せれるのか、そればかりに頭をまわしていると「こらペー。お前が絡むな」と別の声がし、ハッと顔をあげる。

「ごめんな、変にビビらせちまって」
「うっ、」

 救世主! と縋るようにあげた顔に再び悲愴を滲ませてしまう。それもそうだ。この不良に命令口調で話しかけることが出来る人だ。そりゃ髪を銀色に染めあげて、眉毛の途中を剃り、片方にはピアスをしていてもおかしくはないのだ。

「わ、私はただ手芸部に入りたいだけで……」

 家庭科室を求め彷徨っていただけで、不良2人を引っかけるつもりなんて毛頭なかったのに。……どうしてこんなことになってしまったんだろう。どうか事情を説明して見逃して貰えないかと慈悲を願うと「え、手芸部!?」と銀髪不良の顔が明るくなった。

 あぁ、そういえば友達にも「手芸部? そんな部活あった?」って言われたっけ。どうせ銀髪不良もああやって馬鹿にするんだろう。良いんですよ、別に。私はあなた達不良とは生きる世界が違いますから。地味に生きていきます。だからどうか、見逃してくれませんでしょうか。

「まじか! 超嬉しいわ! でも家庭科室は逆側だぞ?」
「……へっ?」

 馬鹿にされるものだとばかり思っていたら、銀髪不良は“超嬉しい”と喜びだす。しかも家庭科室の場所まで教えてくれるとは。一体どういうことなんだろうと必死に混乱している頭で状況整理を行うが、やっぱり良く分からない。どうしてこの銀髪不良が嬉しいと言うのだ? その疑問に答えるようにガラ不良が口を開く。

「コイツ、部長だからな」
「ぶちょう……?」

 ぶちょう、とは……? 不良ならではの隠語かなにかだろうか? ガラ不良の言っていることも理解出来ず、私の脳はエラーを起こし続ける。

「あぁ。俺、手芸部の部長になったんだ。だから新入部員が増えんの、超嬉しいよ」
「えっぶ、部長!?」

 ぶちょうって、その部長!? まんま過ぎて逆に混乱する。いや待った、混乱すべきはそこじゃない。

「手芸部の!? ですか?」
「おう」

 不良が校内活動の長をしているという事実を驚くべきだ。思わず再確認をとった私に、銀髪不良は確かな頷きを返す。え、待って。私の言っている手芸部と、銀髪不良が言ってる手芸部って、一緒だよね?

「手芸部って、ミシン使いますか?」
「え、うん。使うよ?」
「ちゃんと、針と糸で布を、縫いますか……?」
「……それ以外になんか使い道あるっけ?」
「喧嘩とか、しないですか……?」
「ぶっ、しないしない。だから安心して」

 それに俺以外部員は女子だから、と銀髪不良は私の思っている不安を見透かし笑って払拭する。……その顔は確かに不良にしては優しい。もしかするとこの人は見た目がこうってだけで実は不良ではないのかも……? 見ようによってはお洒落男子って感じだし。人は見かけによらないって言うし……。

「ついでだし一緒に行く?」
「い、良いんですかっ?」
「うん。君、方向音痴っぽいし」
「うっ……よ、よろしくお願いします」

 銀髪さんの痛い所を突いてくる言葉に詰まりながらも同意を返すと銀髪さんはまたしても穏やかな顔で私を見つめ返す。うわ、ちゃんと見たら銀髪さんって結構イケメンだ……。やばい、照れる。

「じゃあ俺は帰るぞ」
「おう。またな」
「最近神泉に新興勢力出来たらしいぞ。集会、ぜってぇ顔出せよ」
「分かってるって」

 ガラ不良と数回言葉を交わし、「じゃ行くか」と私に声をかけて歩き出す銀髪さん。いやちょっと待って。

「新興勢力とは……新しい部活、という意味でしょうか?」
「ん? 部活……とはまたちょっと違うかな」
「あの……先輩は、不良、なんでしょうか……?」

 この際思い切って不良かどうかを尋ねる。もし銀髪さんが不良だとしてもカツアゲとかそういう横柄なことはしてなさそうだ。銀髪さんなら大丈夫だと思う。けれど、気になっていることを先延ばしにするのは良くないと思った。「うん。まぁ。族の立ち上げはしてるかな」その答えがこれだ。

「族……新興勢力……」

 ガチもんの不良じゃんか……。あぁ、これは関わって良い人なのだろうか……。いくらイケメンといえど、暴走族やってる人はちょっと……。え、てか。

「他の部員さんも全員不良だったりします……?」
「あはは! 大丈夫、安心して。ソレとコレは別だから」

 そう言って顔面蒼白になっている私の肩に手を置く銀髪さんはやっぱりイケメンで、「な?」と言われると「ハイ……」と頷いてしまう。

……本当に、大丈夫なのだろうか。私の部活……いや、学校生活。
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