好きを照らして

 83抗争から戻った三ツ谷くんに送ってもらった道中は、今まで2人で過ごした中で過去最大に気まずい帰り道だった。何を口にしてもお互い「うん」とか「あ」としか言えなくて。ようやく成り立った会話も、

「夜中までみょうじさん付き合わせちまったし、俺みょうじさんの親父さんに殴られるよな……」
「あ、お父さん昨日から出張で家に居ないんです」

 という会話のみ。それを聞いた三ツ谷くんはすっかり黙り込んでしまったし。あの時「家で熱いお茶でも淹れますか?」とでも付け加えれば良かったのだろうか。

 そんな風に数日前のやり取りを思い出しては溜息を吐いているとエマちゃんから「なまえちゃんの溜息50回くらい聞いたかも」と指摘を受ける。そんなに吐いてたかな? と思い返してみるとこの数日間はずっとエマちゃんに話を聞いて貰っていたし、確かにそれくらい溜息を吐いたような気もする。

「……ごめんね、ドラケンさんが大変な時に」
「んーん。ドラケンもだいぶ治ってるし。でもほんと、一時はどうなることかと……」

 エマちゃんから後日談として聞いた話によると、ドラケンさんはキヨマサさんに刺されたらしく、ペーやんさんはマイキーさんや三ツ谷くんによって東卍を裏切らずに済んだのだという。……それにしてもキヨマサさんは逆恨みも甚だしい。そう憤慨した私にエマちゃんも同意し、「でもタケミっちが仇討ちしてくれたから!」と続けた。
 最近良く聞くタケミっちさん、顔もみたことないけれどありがとう。もし良ければ私と三ツ谷くんのこともどうにかしてくれないかな……。

「はぁ……」

 分かってる。顔も見たことない人にこんな願い事したって意味なんてないってこと。どうにかしないといけないのは私自身だ。分かってはいても一体どうしたら良いんだろう?

「はぁ……」
「ドラケンの病室ここ」

 最早私の溜息を数えることすらしなくなったエマちゃんによって部屋のドアが開けられ、溜息を吸い込む。ドラケンさんの前で落ち込んだ顔はしてられない。なんせ今回の抗争で1番大変だった相手だから。

「はー……」
「お前マジでうぜぇ」
「え、」

 入るなり出迎えたのは私以外の溜息とそれを鬱陶しがるドラケンさんの声だった。私以上に深い溜息を吐く人物を目にした時、私の口から短い言葉が漏れ出る。

「三ツ谷、くん」
「みょうじさん。なんでここに……」
「えっと……ドラケンさんのお見舞いに……」
「そか……そうだよな。げ、元気だったか?」
「あ、はい……なんとか……」

 あの日と同じようなたどたどしさに、体中から冷や汗が湧き出る。……明らかに三ツ谷くんの様子がおかしい。何かしてしまったかな……。ここ数日で何度もそれを考えてみたけれど、これといったことは思い浮かばないし、浮かぶとしたら確実にあの日の台所での出来事だけ。

「わ、私お見舞い渡しに来ただけなので……」
「あー、じれってぇな」
「っ、」

 お見舞いの品を置いて帰ろうとした私をドラケンさんの声が引き留める。どうすれば良いか分からず、オロオロするしか出来ない私を見たエマちゃんが「三ツ谷!」と強い声で三ツ谷くんを呼ぶ。

「わーってるよ……あの、みょうじさん。今日の夜、時間貰える?」
「え、今日の夜ですか? 大丈夫、ですけど……」
「じゃあルナマナに飯食わせたらそっち行くわ」
「私が行きましょうか?」
「いや、良い。俺が行く」

 それだけ言った三ツ谷くんはそのまま足早に病室を出て行ってしまい、残された私は呆然とするのみ。三ツ谷くんの行動に理解が追い付かず助けを求めるようにエマちゃんを見つめると「とにかく、嫌われてはないってことだよ」と慰めのような言葉をくれた。

「アイツ、意外とガキだから」
「それドラケンが言う!?」
「あ? ンだよ?」

 ドラケンさんの言葉の意味は良く分からなかったけれど、とにかく嫌われてはないのだと、エマちゃんの言葉に頷きを返し、夜が来るのを待つことにした。



「よお」
「すみません、わざわざ来て貰って」
「いや。俺が勝手に来ただけだから」

 夜、姿を現した三ツ谷くんはビニール袋とバケツを持っていて、そのまま公園へと私を連れて行く。意図が掴めずただ静かに後を着いて行くとビニール袋の中から手持ち花火を取り出し、1つ私に手渡してきた。

「祭り行ったのに花火見れてねぇからさ」
「今年初花火かもです……ルナマナちゃん居たらはしゃいでたでしょうね」

 色とりどりの変化を見せる花火を見つめ、ポツリポツリと出す言葉。こうやって話すの、たった数日ぶりかもしれないけどとっても懐かしいことのように思える。なんか、泣きそう。

「今日は2人で過ごしたくてルナマナ速攻で寝かしつけた」
「え?」
「いや、なんか……ほら。最近色々、と迷惑かけてばっかだし」
「そんな、」

 私の花火が終わり、もう1本受け取って三ツ谷くんから火種を貰う。また新たな火花を散らしだした花火は私たちの間を眩く照らす。その光はまるで私たちの心の内を照らし出すような光だ。そしてその光に導かれ、心の中に溜まった本音が口の外へと出て行く。

「三ツ谷くんに迷惑をかけられたことなんて1度もありません。三ツ谷くんにはいつも初めてを貰ってばかりで、一緒に過ごしてると時間があっという間なんです」
「……みょうじさん」
「だから、私はこういう時間をもっと大事にしたい。……もし三ツ谷くんが嫌じゃなかったらこれからも仲良くしてくれますか?」

 三ツ谷くんとは楽しい時間を過ごしたい。これが私の本音。だって、三ツ谷くんのことが好きだから。

「……大事な人を作んのって、怖ぇな」
「え?」
「てめぇに守る力があんのかって考えちまう」
「三ツ谷くん?」
「……それでも、みょうじさんの言葉、すっげぇ嬉しいって思っちまう」
「どういう意味ですか?」
「……いや、なんでもねぇ。……みょうじさん、コレ良かったら貰ってくんね?」

 三ツ谷くんが手渡して来たのはネックレス。そのネックレスには三ツ谷くんがしているピアスと似たデザインの指輪が通してある。

「これ……」
「前にこのピアス気に入ってくれたろ? 耳開けなくてもこれなら良いかなと思って」

 ピアスとお揃いみたいになっちまうけど、と苦笑いを続けた三ツ谷くんに「嬉しい……!」と感情を口にするとホッとした表情へと変わっている。でも、これは私は嬉しいけど三ツ谷くんは……。

「でも良いんですか? 私なんかが……」
「うん。みょうじさんにあげたい」
「っ、」

 三ツ谷くんの表情は花火に照らされてとても美しい。その美しい瞳を真っ直ぐにぶつけられると私は息を呑むことしか出来なくなる。…あぁ、好きが溢れそうだ。

「みょうじさん、いつもありがとう」

……お礼を言うのは私の方だ。こんなにたくさんの初めてをくれて、それに負けないくらい楽しい思い出をくれて。その度に好きだと思える。私にたくさんの幸せな気持ちをくれて、ありがとう。

「お礼を言うのは私の方です」
「いや、俺だろ」
「いーえ、私です」
「じゃあこの花火が長く持った方な」
「えっ、ちょっと! 私の方が早く始めませんでした!?」

 私は、三ツ谷くんのことが大好き。
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