だって君が泣いていたから

 ルナマナちゃんが一緒なこともあって、早い時間に行って早めに帰ることにした武蔵祭り。三ツ谷くんの家に行くと青色と黄色の浴衣を着たルナマナちゃんが出迎えてくれて、その可愛さに悶絶した。

「なまえお姉ちゃん可愛いー!」
「うふふ、浴衣が可愛いからかな?」

 そんなやり取りを交わし、髪の毛まで可愛くセットされた姉妹の手を取りながら一緒に武蔵神社まで歩いた。

「やっぱこの時間だと人も少ねぇな」
「ですね。でもそっちのが迷子にならないし良いかも」
「あぁ、みょうじさんが?」
「ちがっ、ルナマナちゃんですよ!」
「んー? ルナとマナは方向音痴じゃねぇもんな?」
「うん! ちゃんとおうち帰れる!」

 なー? とルナマナちゃんと意気投合する三ツ谷くんは狡い。私だって自分の家にはちゃんと帰れるしっ! こないだちょっと危なかったけど!

「でも一応マナの手握っててくれるか?」
「分かったー!」

 ルナちゃんに声をかけ、ルナマナちゃんに手を繋がせる三ツ谷くんはしっかりお兄ちゃんだ。そしてそのまま2人仲良くわたがしへと駆け出して行った姉妹の後を追い、歩き出す三ツ谷くん。……三ツ谷くん、絶対良いパパさんになるよなぁ。

「なまえちゃんは俺と手繋いどく?」
「〜、子供扱いしないで下さいっ、」
「はは、悪い悪い」
 
 あぁぁぁぁでもやっぱり三ツ谷くんの中に少なからず意地悪な気持ちもあるんだって、毎回思わされるな。あとイケメンだってこと、自覚して。お願いします。……手、やっぱり繋いで貰えば良かった。素直に応えられない私はやっぱり子供なのかも。



 それから色んな屋台を見て回り、人もそれなりに増えて来た頃。マナちゃんの目がしょぼしょぼしてきだしたので、そろそろ帰ろうかとなった時。

「おっと……みょうじさんっ」
「あ、ありがとうございますっ」

 向かってくる人の群れに流されそうになった私を三ツ谷くんが抱き寄せ、止めてくれる。前に自分から抱き着いちゃった時よりもこれはヤバイ。心臓の鼓動が止まっちゃいそう。

「さすがに人が増えてきたな。ルナ、俺の手握って。みょうじさんも。俺の裾掴んでて」
「えっ、」
「さっきみたいに流されでもしたらいけねぇし。な?」

 私に自分の裾を掴ませる三ツ谷くんはお兄ちゃんらしい口調だったので、前と同じように素直に反応してしまう。三ツ谷くんは私のこと抱きしめても無反応だ。……そりゃそうだよね、三ツ谷くんは単純に流されるのを止める為に抱き締めてくれただけだもんね。

「手ぇぬれてるー?」
「暑いからかな」
「顔も赤いねー?」
「……暑いからかな!」

 兄妹の間で行われていたやり取りは喧騒にかき消されて私の耳には入っていなかった。



 三ツ谷くんの家に戻り、マナちゃんを寝かしつけた後。持ち帰ったヨーヨーや仮面でルナちゃんと遊んでいると、三ツ谷くんの携帯が鳴った。そしてそれを受けた三ツ谷くんの表情が硬いものへと変わる。

「ペーが……!? まじか……アイツそこまで……」
「どうしたんですか?」

 只事ではない様子の三ツ谷くんに恐る恐る尋ねると、ペーやんさんが東卍がパーちんさんを見捨てたと思い、愛美愛主の残党と組んでドラケンさんを襲おうとしているらしい。

「くっそ……アイツが思い詰めてたのに気付いてたのに……」
「三ツ谷くん、お願い。ペーやんさんの為にもドラケンさんを助けてあげて下さい!」
「でも……」
「私のことは良いから。ルナマナちゃんも私が面倒見てます。だから、行って下さい!」

 前みたいに三ツ谷くんの揺らぐ背中を押し、声をかけると三ツ谷くんの顔が覚悟を決めた顔へと変わる。

「ルナ。なまえお姉さんの言う事、ちゃんと聞くんだぞ?」
「はーい!」
「……みょうじさん、いっつもほんとごめんな。俺、行ってくる」
「はい! 守る為の喧嘩、してきて下さい!」

 三ツ谷くんは口角を1度だけ上げてすぐさま他の人へと連絡を取りながら家を飛び出す。……ペーやんさん、お願い。どうか、目を覚まして。じゃないとまた安田先輩から怒られちゃいますよ……? ドラケンさんも……どうか無事で。



 落ち着かない時間を過ごし、ルナちゃんが寝た後も心が落ち着かなくて、裁縫道具を借りて編み物をしててもチラチラ時間を気にして。こんなにも夢中になれない裁縫は初めてで。……結局、三ツ谷くんが帰って来たのは日付を越してからだった。

「三ツ谷くん……」
「おー……みょうじさん……こんな遅くまでごめん」
「いえ。それよりペーやんさん……ドラケンさんは!?」
「……どっちも無事だ」
「良かった……っ!」

 三ツ谷くんの顔は案の定傷だらけで、雨に降られたせいか髪の毛も張り付き、湿っている。心なしか目だって赤い。それだけでどれだけ大変な出来事だったのか理解できる。それに、ドラケンさんもペーやんさんも無事だと言った時の三ツ谷くんの顔が今にも泣き崩れそうで。三ツ谷くんは泣きはしなかったけれど、その顔を見てたら私の方が堪らなくなってしまって顔を覆ってしゃがみ込んでしまう。

「も……今度こそ東卍が無くなっちゃうんじゃないかと……」
「ハハ、みょうじさんが号泣してたら俺が泣けねぇじゃん」
「す、すびばぜん〜っっ」

 号泣している私に向けられる三ツ谷くんの声は笑っている。でも、三ツ谷くんだって泣いたんでしょ? 目、赤いの気付いてるんですからね。そう言って反抗したいのに、それらは言葉に出来ず嗚咽へと変わっていく。……みんなのこと、本気で心配だったから。

「色々と巻き込んだり心配かけたり……迷惑かけてばっかでごめん」
「良いんです、私がやりたくて勝手にやってることですからっ」

 前に言われた言葉を今度は私が使う番。こう言えば引かざるを得ないってこと、三ツ谷くんから学んだんです、私。

「……みょうじさん、」
「三ツ谷くんも大きな怪我がなくて本当に良かったです」
「おう。……そろそろ立てるか? 送ってく」

 差し出された手を握り、引っ張り上げて貰ったかと思えばグンっと腕を引かれ、そのまま三ツ谷くんの腕の中へと招かれる。突然訪れた感覚の再来に脳内はパニック状態へと変わる。

「えっ、えっ……み、三ツ谷くん……? 今人居ませんよ……?」
「だからだよ」
「……?」
「あー……みょうじさんがちゃんと生きてる」
「……私、幽霊じゃないですよ?」

 三ツ谷くんの肌は雨に降られたせいかひんやりとしている。それなのに腕の中はじんわりと熱くて。耳に当たる三ツ谷くんの心音は、確かに三ツ谷くんを生かす為にその鼓動を打ち鳴らしている。三ツ谷くんだって、ちゃんと生きてる。

「……誰かの死なんて、考えたくもねぇわ」

 物音1つしない台所に三ツ谷くんの本音だけが響く。その声は私の嗚咽以上に震えている気がして、私は抱き締めるように三ツ谷くんの背中を擦った。
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