素直という波に攫われた夏

 後日、喧嘩賭博の件はマイキーさん達が宣言通り潰したことを三ツ谷くん伝てに聞いて安堵することが出来た。
 もう少ししたら夏休みに入って、手芸部は暫くお休み。学校がないことをこんなに残念に思うこと、人生で初めてだ。夏休み中も三ツ谷くんに沢山会えるかなぁ……?

「あ、みょうじさん。浴衣、だいぶ出来てきたぞ」
「本当ですか!? わーっ楽しみっ!」

 三ツ谷くんの言葉に喜んでいるとそのやり取りを見ていた安田先輩達から事情聴取をされ、散々黄色い声を浴びせられた。そして、夏休み明けの部活で何か進展があったら必ず教えるように! と言い聞かせを受けている時だった。

「おい、三ツ谷。ちょっと良いか?」
「あっ林くん! またそんな格好して!」

 部活動中には滅多に顔を覗かせなかったペーやんさんが尋ねてきて、三ツ谷くんを呼びつける。すかさず安田先輩が追い払いにかかるけど、三ツ谷くんはそれを制してぺーやんさんのもとへと向かい家庭科室から出て行った。

「ぺーやんさん、浮かない顔でしたね?」
「うん……どうしたんだろ……」

 ドアの窓から覗く2人の顔は決して明るいものではなくて。ぺーやんさんを見て心配そうな安田先輩と共に私も不安な感情を抱いた。



「武蔵祭り、もしかしたら行けねぇかも」

 終業式前日、一緒に帰っていると三ツ谷くんがそう言って申し訳なさそうに口を開く。なんでも、ここ最近パーちんさんの親友が愛美愛主という暴走族にやられ、パーちんさんに助けを求めてきたらしい。
 その助けを請けた東卍は恐らく愛美愛主とヤりあうだろうということ、そしてぶつかるとしたら8月3日の武蔵祭りになるだろうということだった。

「テメーが誘ったクセに断んのもこっちとか……ほんと申し訳ねぇ」

 東卍が抱えている事情を口にしている三ツ谷くんは揺らいでいるように見えた。分かってる。ちゃんと分かる。だから――

「守る為の暴力、なんですよね?」
「……あぁ」
「だったら思いっきり暴れてきて下さい」
「でも、」

 三ツ谷くんが東卍の為に力になりたいと思ってることも、武蔵祭りを楽しみにしてくれていたことも。全部分かるから。三ツ谷くんには思いっきり東卍の為にしたいことをして欲しい。

「お祭りは違うお祭りでも良いじゃないですか」
「……みょうじさん、俺と祭りに行ってくれんの?」
「勿論です! 私、三ツ谷くんが仕立ててくれた浴衣着てお祭り行くの、楽しみにしてます!」
「ありがとう」

 一瞬、三ツ谷くんの腕が大きく広げられた気がしたけれど、その手は直ぐに私の頭へと向かってきた。……こうして三ツ谷くんに頭撫でて貰うの、ちょっと耐性ついたかも。……だから、もっと撫でて欲しいなんて欲張りな気持ちが湧き上がるのは仕方のないことなのかな。

「いつもより多めでお願いします」
「お、おう……」

 でも今日くらいは良いよね?



 愛美愛主と東卍がぶつかったのは夏休みに入って直ぐのことだった。なんでも、東卍のたまり場に愛美愛主が押しかけてきて、そこから予定より早い抗争が起こったらしい。結果としてはマイキーさんが相手側の総長を倒し、東卍の勝利に終わったらしいけれど、パーちんさんがその総長を刺したことでパーちんさんは警察に逮捕された。そこから東卍はマイキー派とドラケン派で割れて、大変なことになっているとも。

 エマちゃんから連絡を受け、悲しそうにしているエマちゃんになんて声をかけたら良いのか分からなくて。エマちゃんの話を聞く限りだと幾度となく見てきた仲間割れとはレベルが違う。

 どうしよう。私の好きなみんなが、東卍が壊れちゃうのは嫌だ……。どうか、東卍のみんながまた笑い合えるようになりますように。

 東卍を中から支えようとしているはずの三ツ谷くんを想い、三ツ谷くんに私の想いを委ね祈ることしか私には出来なかった。



「武蔵祭り、一緒に行けるようになった!」

 その知らせを受けたのは8月1日の夜だった。明日から出張に出るお父さんの荷物を準備していると“今から出てこれるか?”というメールを三ツ谷くんから受け、お父さんの荷物を放り投げて飛び出した家。そこで言われた言葉が今の言葉で。

「えっ! でも東卍は今それどころじゃ……」
「一時はどうなるかと思ったけどさ、タケミっちっていうヤツがマイキーたちの喧嘩止めてくれたんだよ」
「え、総長たちの喧嘩をですか!?」
「あぁ。俺らがどうにかしようとしてもどうしようもなかったのに……アイツ、すげぇわ」
「良かったぁ……」

 そういう訳で、一緒に行こうぜ! と三ツ谷くんも嬉しそうな顔を浮かべて言うもんだから私はつい三ツ谷くんに抱き着いて喜んでしまった。延期だと思ってたお祭りに行けるようになってつい浮かれてしまい、自分の行動に驚き、慌てて三ツ谷くんから離れる。

「あっ、ご、ごめんなさ……っ」
「お、おー。……これ、浴衣」
「わっ! 出来たんですね! 凄い可愛い……!」

 ルナマナちゃんの浴衣と一緒に並んだら華やかなんだろうなぁ。東卍もこれで一安心だし。……本当に良かった。

「タケミっちさんに感謝しないとですね!」
「みょうじさんが? どうして」
「だってタケミっちさんのおかげで東卍も崩壊せずに済んだし、三ツ谷くんとこうやってお祭りに行けるんですもん!」
「ははっ、そっか。そうだな」

 それから三ツ谷くんと3日の打ち合わせを軽くして手を振り、家に帰って来た私をお父さんがニヤニヤとした顔つきで出迎えた。「最近喧嘩でもしたんかってくらい浮かない顔してたもんな」と的外れな予測を立てていたから荷造りを放棄し、そのままエマちゃんに連絡を入れ、長話に花を咲かせた。

 明後日、どんな髪型にしようかなぁ……。エマちゃんとの電話を終えそんなことを考えていると、泣きそうな顔をしているお父さんに見つめられ、溜息を吐いて荷造りを終えた。
 そんな風に家事をこなし、ようやくベッドに入り目を閉じる。そうすれば浮かんでくるのは三ツ谷くんが着ていた洋服で。それと、抱き着いた時に香った柔軟剤の匂い。……あぁ、駄目だ。気にしないようにしてるのに、目を閉じたらそればかりが思い出されてしまう。

……なんてことをしてしまったんだ、私。
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