玄関先のさんざめき

「あ、良かった。もしかして迷子になったかと」
「三ツ谷くん、」

 安田先輩たちの後押しのおかげで、今日も無事2人きりで延長部活を迎えることが出来た。足早に来たせいで息が上がっている私に三ツ谷くんは「ん?」と不思議そうな顔つきで見つめ返す。

「え、まじで迷子?」
「い、いえ……ちょっと友達と話してて」
「なるほどね。あ、これ。見てみて」

 取り繕った言葉を素直に受け入れた三ツ谷くんは側に置いていたノートをすっと差し出してくる。それを受け取りながら三ツ谷くんの斜め前に腰掛け、中身を覗くと一気にノートに釘付けになった。

「凄い……全部三ツ谷くんが?」
「まぁな」
「すっごい……このドレスとかめちゃくちゃお洒落!!」
「まぁデザインは自由だから」

 どの洋服にするかを決める為に見始めたデザイン帳なのに、パラパラと紙に描かれたドレスや洋服を見つめてはうっとりしてしまう。これ、私なんかが作れる代物じゃない気がする……。いや、作ってみたいんだけれども!

「三ツ谷くんがお店出したら私絶対買い占めるなぁ」
「まじ? じゃあみょうじさんには格安で販売してやるよ」
「わ、商売上手ですね。もう上客ゲットですよ」
「はは、そりゃどうも」

 今から1着作れるんだと思うとやっぱりワクワクする気持ちの方が勝つ。てかデザイン料とか払わなくて良いのかな? 三ツ谷くんのデザインにはお金を払う価値すら感じる。

「はー……三ツ谷くんがウエディングドレスとかデザインしたら大人気になるんだろうなぁ」
「ウエディングドレス、ね」
「ねぇ三ツ谷くん。将来ドレス、デザインして下さいよ。絶対売れると思う!」
「んー、却下」
「どうしてですか?」
「ウエディングドレスは俺の花嫁にだけ特別に仕立てたいから」
「うわぁ……」

 待って、それ反則。そんなの、狡い。今私の心臓一瞬止まったと思う。本気で鼓動することよりもときめくことを優先させた気がする。

「あれ……引いちゃった?」

 言葉を紡げなくなってしまった私を見て、不安そうな表情で窺ってくる三ツ谷くん。違う逆です! ときめき過ぎてフリーズしちゃってたんです!

「いえっ、素敵だなって思って……! 花嫁さんは幸せですね」
「そう思って貰えるなら良かった」

 三ツ谷くんは安心した様子で布選びを再開させる。三ツ谷くんのウエディングドレスを着れるのは世界でただ1人。良いなぁ、羨ましい。……着てみたいって思うのは、さすがに烏滸がましいのかな。

「あ、てか。みょうじさんって好きな色ある?」
「好きな色ですか? うーん……赤、ですかね」
「赤ね」
「? どうかしたんですか?」
「今度作る服の色、何にしよっかなぁって悩んでて」
「なるほど。ちなみに先輩は何色が好きなんですか?」
「んー、オレンジ」
「オレンジ! オレンジとネイビーの組み合わせとか良いですよね!」
「だよな? 俺がこないだデザインした服もその組み合わせ」

 先輩に好きな色を聞かれて、そこから色の組み合わせについての話で盛り上がり、私は結局ネイビー×オレンジの組み合わせでデザインされたワンピースを仕立てることにした。先輩も色の方向性を決めたらしく、明日は布地を買い足しに行くらしい。

 私も一緒に、と言いたかったけれど東卍の集会終わりに行くと言っていたので我慢することにした。……せっかくまた三ツ谷くんと一緒に出掛けられると思ったのに。こればかりは仕方ない。三ツ谷くんが大事にしてる東卍のことだもん。邪魔は出来ない。

「デザインで分からないことあったら訊いてな」
「はい!」

 ワンピース、早く仕立てたいなぁ。見るだけでテンション上がるんだもん。絶対、可愛いに決まってる。

「てかこのワンピース、私が着ても良いんですかね?」
「良いじゃん。着ろよ」
「いや……なんか……あまりの可愛さに衣装負けしないかなと」
「はは、大丈夫。ぜってぇ可愛いよ」
「っ、」

 先輩、色々とご自覚の上で発言をお願いします。……でも、出来ればもう1回“可愛い”って聞きたい。あ、でもやっぱり心臓が……。

「みょうじさーん、そろそろ帰るぞー」
「あ、はいっ!」



「ちょっと俺ん家寄って良い?」
「はい、大丈夫です」

 帰宅途中、アパート前で立ち止まったかと思えば「みょうじさんのワンピースに使えそうな生地があったと思う」と言い、階段を上っていく。

「良かったら目ぇ通してくれるか?」
「はい! 何から何まですみません……」
「気にすんなって。アイツら寝てっかなー?」
「あ、もしかして……わっ!?」

 カンカンと鳴る階段の音を聞きつけ、勢い良く開けられたドアから小さな影が2つ飛び出してくる。

「あっコラ! ちゃんと相手確認してから開けろっつてんだろ!」
「だって足音で分かるんだもん!」
「それでもちゃんと気ぃ付けろ!」
「はぁい」

 激突された三ツ谷くんは慣れているのか、びくともせず足元に絡みついた女の子に目線を合わせ諭している。この子たちは……もしかして。

「ルナちゃんとマナちゃん……?」
「わぁ! 美人さんだっ!」
「きゃっ!?」
「こら! ルナ! マナ!」

 しゃがんだ途端に2人から抱き着かれ、構えていなかった私は思わず尻もちをついてしまう。凄い、元気の塊って感じだ。三ツ谷くんによって適度な距離へと離れて行ったルナマナちゃんは目が三ツ谷くんとソックリ。兄妹揃って睫毛長いんだ。良いなぁ。

「ごめんな、みょうじさん。大丈夫?」
「あ、すみません……。ルナちゃんもマナちゃんも可愛いですね」
「まぁな。でも毎日この状態だとこっちはクタクタだわ」
「あはは。お疲れ様です……っ!?」

 三ツ谷くんの手を握り、立ち上がると三ツ谷くんがパンパンとスカートを払ってくれる。あまりにも流れ作業過ぎて声が出せなかったけれど、突然の出来事に脳内はパニックだ。

「……あっ。ご、悪っ、すまん!! ついいつものクセで……!」
「うあ……やっ、あ、あのっ、」

 2人して顔を真っ赤に染め上げ言葉にならない単語を発し合う。分かってる、変な意味のない純度100パーセントの優しさだってことは。……でも、染まっちゃうもんは仕方ない。

「家、入らないのー?」
「あっ、そ、そうだな! 入る!」

 ルナちゃんの声によって我に返った三ツ谷くんが「上がって」とようやく言葉を発し、それによって私もようやく「お邪魔します……」と人間らしい言葉を発することが出来た。
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