恋 に ス ス メ

 楽しかった日曜日から数週間。ゴールデンウィークを越し、部長から三ツ谷くんへと呼び方を変え、それが少しは口に馴染みだした頃。前に話した通り、三ツ谷くんと帰れる日は一緒に帰る日々が続いている。好きな人と一緒に帰るとか、人生で初めてだ。そして今日はもう1つ、人生初めてのことがある。

「みょうじさん、俺今日学校終わりに直で集会行くんだけど1人で平気?」
「はい! 実は今日、エマちゃんと学校帰り遊ぶ約束してて」
「ちゃんと行けるか?」
「大丈夫です! 何度も通った道にあるファミレスなんで!」

 道に迷ったら直ぐ連絡しろよ? と半分本気な顔して言う三ツ谷くんに複雑な心になりながらお礼を言い、向かったファミレス。ほら、ちゃんと真っ直ぐ来れた。さすがに来れないとまずい場所だけど。

「なまえちゃん!」
「エマちゃん!」

 数週間ぶりと再会を喜び、2人して早速恋バナに花を咲かせる。直接話したくてメールで言うの我慢してたから、もう溢れて止まらない。

「三ツ谷って意外と罪だよね」
「確かに……。アレ、絶対無自覚だもん」
「あー、もうっ! じれったいぃ〜!!」
「エ、エマちゃん落ち着いてっ」
「ドラケンもドラケンで全然ウチに興味示してくれないし!」
「そんなことないよ。お互いに頑張ろう? ね?」

 最後の方はエマちゃんを宥めるような形で別れ、久々に1人で帰り道を歩く。エマちゃん、ドラケンさんに一生懸命恋してるんだなぁ。あんなに可愛いのに、ドラケンさんはどうして振り向かないんだろう? エマちゃんの想い、報われるといいなぁ。

―ちゃんと帰れた?

 携帯のサブディスプレイに三ツ谷くんの名前が浮かび上がり、慌ててメールを開くと内容は私が迷子になってないかを尋ねる内容で。三ツ谷くん、本気で私が迷子にならないか心配してくれてたんだ……。

―真っ直ぐの帰り道なんで、平気です。もう家に着きます
―そっか、良かった。おやすみ

 カチカチとボタンを押して返信すると三ツ谷くんからも返信が来る。集会だったのにこうやって気にかけてくれるのはやっぱり嬉しいなぁ。三ツ谷くんから来たメールは保護して、再び帰宅路を歩く。毎日が楽しい。エマちゃん、恋って色々あるけどやっぱり良いね。



 週2日の楽しみである部活。クッションカバーを昨日今日で作り終えたし、次は何を作ろうかと思案中。三ツ谷くんも既に衣装を1着作り終えており、今日の延長はなしかと思っていたけれど、どうやら三ツ谷くんは次の衣装作りに入るようだ。今日は先に帰ろうと萎んでいると、三ツ谷くんから「みょうじさん、良かったら俺がデザインした洋服作ってみねぇ?」と心浮き立つ提案が。

「みつ……部長」
「三ツ谷部長でいんじゃね?」
「あっそか……良いんですか!?」
「おう、みょうじさんなら綺麗に仕立ててくれそうだし」
「是非! やらせて下さい!」
「じゃあ後でデザイン帳見せるな」
「はい!」

 やった……!“後で”ってことは今日も一緒に居れるってことじゃん。それに、三ツ谷くんがデザインした洋服を作れるとか……! めちゃくちゃワクワクする!



「あ、」
「どうしたの、みょうじさん?」
「あーえっと……ぺ、ペンを家庭科室にわ、忘れちゃいました!」
「みょうじさんってほんとおっちょこちょいだねー」

 そろそろ忘れ物のレパートリーもなくなってきたなぁと思いつつも、苦し紛れに何かを忘れ、それを取りに戻る。安田先輩たちはもう慣れてくれたのか、待ったり、一緒に取り行こうかと聞いたりもしなくなった。……本当にごめんなさい。安田先輩たちと帰るのも好きなんですけど、やっぱり居れる時間は三ツ谷くんと過ごしたいって思っちゃう。それが2人きりならなおさら。

 安田先輩たちに手を振り、来た道を引き返そうとしていると向こう側から「お、また会ったな!」とガラ声が聞こえてくる。

「ペーやんさん!」
「なんか久しぶりに顔見るな。……お前も家庭科室に行くのか?」
「あ、はい。忘れ物しちゃって」
「俺もパーちんから三ツ谷に伝言頼まれてんだよ。一緒に行こうぜ」
「えっ、あ……」

 どうしよう。一緒に行くのは良いんだけど、そうなると私はペンを回収したらすぐに帰らないといけなくなる。それに、東卍の話なんだとしたら私は聞かない方が良いかもだし。仕方ない、今日はそういう運命だったんだと思うことにしよう……。

「行かねぇの?」
「行きます……」

 諦めてとぼとぼとペーやんさんについて行こうとした時、私の後ろに居た安田先輩が「ちょっと林くん!」と鋭い口調でペーやんさんを呼び止める。
 ぺーやんさんはただ名前を呼ばれただけなのに、既に顔面蒼白だ。かくいう私も安田先輩が何故ぺーやんさんを呼び止めたが分からなくて、安田先輩を見るとその顔には怒りが見えた。しかも安田先輩だけでなく、他の先輩の顔にも。

「その伝言、直接じゃないと駄目なの!?」
「え、や……」
「メールで良いんじゃないの?」
「うっ、その……」
「部長は今、自分の作業に集中出来る唯一の時間なんだから! 邪魔しないで!」
「わ、分かったよ……」

 そしてもの凄い剣幕でぺーやんさんを説き伏せ、ぺーやんさんはそそくさと姿を消してしまう。ぺ、ぺーやんさん可哀想……。でも、“自分の作業に集中出来る唯一の時間”って確かにそうだ。三ツ谷くんは部活中は全体のことを見て、指示を出してと忙しそうにしている。そして、部活が終わったこの時間は静かな空間で集中して作業が出来るということ。……どうしよう、私、今までずっと三ツ谷くんの邪魔しちゃってた。

「やっぱり私も今日は帰ります……。一緒に帰っても良いですか?」
「えっ、ペンは?」
「そんなの明日でも良いので……」
「駄目! 今取りに行かないと」
「えっ?」

 安田先輩は瞬時に私の言葉にNOを出す。駄目って……ペーやんさんのことは理由も聞かずに追い払ったのに、私の忘れ物は今すぐ行けと言う。しかも皆さんその言葉に深く頷き、同意している。え、なに。どういうこと……?

「部長って居残りしてる時、本当に1人で居たがるの。なのにみょうじさんのことは受け入れてるでしょ?」
「え……し、ってたんですか?」
「そりゃあね。こんだけ忘れ物重ねるの、変だもん」
「すみません……」
「良いの良いの! だって一生懸命忘れ物するみょうじさんは見てて可愛かったから」
「先輩……!」

 息を呑んで安田先輩を見つめると、にんまりと楽しそうな顔つきをしていて。私もそこで安田先輩たちには全てバレていることを悟る。先輩たちは気付いた上で気付かないフリをしてくれていたんだ。

「嘘吐いてすみませんでしたっ」
「良いよ。私たち、みょうじさんのこと応援してるし」
「えっ?」
「そこら辺の人に部長を取られるくらいなら、みょうじさんとくっ付いて欲しい」
「え、そ……」

 だから、みょうじさん! 頑張っておいで! と安田先輩に背中を押され、もう1度振り向くと先輩達はガッツポーズをしてみせる。……私、凄く人に恵まれてるなぁ。

「ありがとうございます! 頑張ります!」

 みんなに応援して貰ってるし、いつか三ツ谷くんに振り向いて貰いたい。その為には三ツ谷くんの待つ家庭科室に行かなきゃ。今度こそ先輩達に別れを告げ、足早に大好きな人の待つ部屋へと向かった。
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