きみとぼくの日曜日

 結局みんなでジュースを買いに行った男子たちをエマちゃんと一緒に「仲良しか」と笑い、私もトイレに席を離れる。

 こういう休日が初めてで、ハンカチで手を拭きながら浮かれていたんだと思う。

「きゃ……っ、ごめんなさっ」
「あぁ? 痛てぇな」
「す、すみません……」

 前を見てなかったのは確かだけど、そんな大激突した訳じゃないのに目の前の金髪は酷く顔を歪めてみせる。でも、ぶつかったのは事実だし、ひたすら謝るしかない。

「えと……本当にすみませんでした……では、」
「おいおいおい、ぶつかっておいてサヨナラはねぇだろ」
「っ!」

 部長たちと関わったから分かる。この人はダサい不良だ。私のイメージ通りの。嫌な不良。やだ。こういう人とは関わりたくない。

「離して下さいっ!」
「とりあえず、連絡先教えろよ」
「痛っ」

 掴まれた腕がキリキリと痛む。痛い、本気で痛い。それに怖い。どうしよう……泣きそう。部長……。

「ぐっ……」
「えっぶ、部長っ!?」

 圧迫するような痛みが消えたかと思えば、目の前の金髪が苦悶の表情を浮かべだす。それは私の腕を掴んでいた腕を部長に掴みあげられているからだ。頭で思い浮かべた瞬間に現れるなんて。部長はヒーローなのだろうか。

「はな、せっ!」
「テメーは離さなかったクセに、なんでこっちは離さないといけねんだ?」
「テメェ……」
「しつこく言い寄ってたみてぇだけど。俺のヨメに何か用?」
「っ!」
「……なんでもねぇよっ!!」

 金髪が腕を振りほどき、舌打ちしながら逃げていく。その姿を見送った後、部長はくるりと私へと振り向き、「大丈夫だったか!?」と凄い剣幕で肩を掴む。

「だ、大丈夫です……部長が間に入ってくれたんで……」
「手、平気か?」
「大丈夫です……っ、」

 別にアザとかにはなってないんだけど、それよりも今の方が色々と駄目だ。部長に“ヨメ”って言われたことも、今部長に掴まれてる腕の方が色々と平気じゃない。いつもよりも近い距離で見つめられてるのが恥ずかしすぎて、距離を取りたいんだけど部長が腕を掴んでるせいでそれが出来ない。

「あの……部長……」
「ん? あっ、さっきはゴメンな? 勝手に“ヨメ”呼ばわりされて、迷惑だったよな」
「いえっ全然っ! む、」

 むしろと言いかけて唇とぎゅっと噛み締める。“むしろ嬉しいです”はさすがにヤバい。どうにか耐えた。

「そろそろ帰るかってなってけど、戻れる?」
「あ、はい。もしかして皆さんのこと待たせてました?」
「いや。俺もトイレに寄っただけだよ」
「そうなんですね……。あれ、じゃあトイレ行かなくて平気ですか?」
「ん? あー、やっぱ良いわ。尿意引っ込んだ」
「えっどこに?」
「さぁ? まぁ良いから。戻ろうぜ」

 尿意ってどこに引っ込むんだ? と考えながら一緒に皆のもとに戻り、「うわイチャついてんじゃねぇよ」とまたしても野太い声が上がり、そこでようやく部長に腕を掴まれたままであることを再認識する。

「あっ、こ、これはっ、私が絡まれたのを部長がっ!」
「へー? なまえちゃんが戻って来ないって聞いたら慌てて駆け出したもんなぁ? ぶちょお?」
「っ! お前らっ!」

 部長、部長とからかうように呼ばれ、部長の顔は真っ赤。うわ、部長本気で怒ってる。さっきの金髪に向けた顔とほぼ変わらない。違うのはその顔を向けられた相手がへらへらと笑っていることだ。

「男ってほんとバカ」
「あはは……」

 呆れた声を出すエマちゃんの隣で、私は自分の心臓を落ち着かせることで一杯一杯だった。



「アイツら地元戻ったらメシ食いに行くらしいけど、みょうじさんはどうする?」
「私は晩御飯の準備があるので、そのまま帰ります」
「おっけー、了解」

 帰り道、部長の後ろに乗って会話を交わす。あの日と同じように右手はグラブバーで左手には部長の洋服。それだけでも恥ずかしいのに、エマちゃんはドラケンさんの後ろに乗る時、ぎゅーっと抱き着いていた。「動きづれぇ」と怒られていたけれど、ちょっとだけ羨ましいと思っちゃった自分が居る。……無理だけど! 部長に抱き着くとか、恥ずかしすぎるけど!

「みょうじさん、ちょっと飛ばすから。ごめんけど俺の腹に手、まわしてくれる?」
「えっ」
「俺も妹たちにメシ作んねぇとだし、早めに帰りてぇから」
「あ、は、はい」

 恥ずかしすぎるけど、頼まれたからにはしない訳にもいかない。意を決して部長に抱き着くとぶわっと恥ずかしさがこみ上げてくる。……ぶ、部長が近い……っ! 恥ずかくて、初めて2人乗りした時みたいに手に力が籠る。さすがにバイクでバランスが崩れることはないけど、部長が「怖い?」と心配そうに尋ねてくる。

「い、いえっ。平気です! 部長、今日は部長の家で降ろして貰って大丈夫です!」
「ん?」
「ご飯。早く作らないとだし!」
「あぁ、良いよ。みょうじさん家近くのスーパーで買い物して帰るから」
「じゃあそこで良いです!」
「えー? 聞こえない」
「じゃあ! そこで! 良いです!」
「悪い、風が強くて聞こえねぇわ!」
「〜っ、三ツ谷くんの意地悪っ!」

 風で聞こえないと言い張る部長にワザと部長呼びを止めてみたけれど、部長は特に反応しないでそこからはひたらすらバイクを走らせ続けた。



「結局家まで……すみません」
「良いって。今日は付き合ってくれてありがとな」
「いえ! こちらこそ! すっごく楽しかったです!」
「ん。じゃあまた明日な」
「はい! あ、部長。今日は助けてくれてありがとうございました」
「……さっき“三ツ谷くん”って言ってくれたけど、また部長に逆戻り?」
「や、やっぱ聞こえてたんじゃないですか!」

 家まで送って貰い、今日のお礼を告げると部長がまたそんな意地悪を言う。今更だけど自分が言った言葉の恥ずかしさに顔に熱が籠る。

「好きに呼んで良いとは言ったけど、部活じゃねぇ時は部長は外して欲しい」
「三ツ谷、くん……」
「おう」
「……三ツ谷くん、……今日は、ありがとうございました」
「うん。じゃあまた明日な、みょうじさん」
「っ、おやすみなさいっ」

 意地悪なこと言ったかと思えば、こうやって優しい顔で頭を撫でてくるもんだから、私は瀕死寸前。うぅぅぅ、エマちゃんに話したいぃぃ。でも、話したら絶対長くなるからぐっと耐えて、自分の家へと入り、悶々とした気持ちを抱えながら台所に立った。駄目だ、好き過ぎる。
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