“そんな可哀想な及川さんを慰めて会”

 今日こそは仕返ししたいと思っていた。いつも私の上を行く松川くんに今日は私が上に行きたいと思ってた。昨日、ラインで松川くんが貸していた小説を読み終えた事を知った。私も松川くんから借りた小説、凄く面白くて、既に読み終わっている。だけど、それを正直に言うと松川くんはまた私の学校に来てくれるだろうから、“私は後ちょっと。”って嘘吐いた。すると松川くんは“いつ連絡が来ても良い様に、学校に持って行っとくわ。みょうじさんはゆっくり読んで。”って返事くれて。
 優しさの塊な松川くんに胸がむず痒くなる。私って簡単だなぁ。だけど、そんなチョロイ私でも松川くんの事、欺く事出来るんだよ。今日の放課後、松川くんの驚いた顔見れるかな。楽しみ。

「みょうじ、なんか楽しそうだな?」
「ん? そう?」
「うん、なんかニヤニヤしてる」
「あはは、そうかな」
「あ、千絵がさ、来週の日曜日にまた遊ぼうって。みょうじどう?」
「松川くんと4人で?」
「らしい」
「うん、良いよ」
「よっしゃ! じゃあ千絵に言っとくわ」
「山田達ってさぁ、」

 先週の日曜日には抉られるよな気持ちだった山田と千絵さんの関係も、今では冷静に受け入れる事が出来ている。松川くんのおかげかな。私のチョロさもおかげも含まれるんだろうけど。

「2人で遊ぼうってなんないの?」
「なっ! む、ムリ! ムリムリ!」
「なんでよ?」
「俺、緊張するっ! 2人とか、ムリっ!」
「でも好きなんでしょ? もし付き合うってなったら、2人きりに慣れとくべきでしょ」
「うっ、そうなんだけどさぁ。……千絵が4人でって言うんだよ」
「ふぅん? なんでだろうね?」
「分かんねぇ」

 千絵さんは一体どういう人なんだろう?



放課後。私は自分の家の最寄り駅である1個前の駅で降りて、青葉城西高校の校門に居た。

―松川くん、今大丈夫?
―うん。どうした?
―まだ学校に居る?

 ラインを送ると直ぐに既読が付く。

―うん、居るよ
―今校門に居るんだけど、会えるかな?

 私の送る文字にまた直ぐに既読が付く。かと思えば、長めの振動で知らせるのは松川くんからの着信で。

「もしもし」
「みょうじさん? 校門って、青城の?」
「そう。小説読み終わったから、返したくて」
「えっ、でも昨日まだって……」
「だって読み終えたって言ったら松川くんまたこっちに来てくれそうな気がして。だから。あ、でも急に来たから渡したら直ぐ帰るよ」
「分かった、直ぐ行くから……「ねぇまっつん誰? 誰から?? 俺の会を抜け出してまで取るなんて! 気になる!」ちょっと及川ウルサイ。……もしもし? ごめん。直ぐ行くから、待ってて」
「? うん、分かった。ごめん、もしかして、取り込み中だった?」
「いいや、全然。俺も帰る所だったから」
「そう? じゃあ待ってます」
「うん、直ぐ行く」

 電話の向こうがやけに騒がしい気がしたけど、本当に大丈夫なのかな?



「……みょうじさん」

 校門で待っていると、松川くんの声がする。呼ばれた声に振り返るとそこには鬱陶しそうな顔をした松川くんと目鼻立ちのしっかりとした男子生徒が居た。

「君がまっつんの電話の相手? 初めまして!」
「初めまして……。えっと、もしかして、“及川くん”?」

 イケメンで、松川くんの事を“まっつん”と呼ぶ。彼こそが、噂に聞いていた「ざ、「みょうじサーン」あ、そうだった。禁句だった。松川くんからの制止の声に慌てて口を噤む。危ない。コーヒー奢ってもらったんだし、守らねば。

「え、何々? 俺の事知ってるカンジ? まっつん、俺の事何て言ってるの?」
「えっと……それは……」

 松川くんに助けを求めるように視線を泳がす。その視線を受け取った松川くんは及川くんに「お前の今日の会のプレゼント、一緒に選んでくれたんだよ」その時にお前の話しただけ。とはぐらかす。

「あぁ! そういう事! みょうじさん、俺の為に最高のプレゼントをどうもありがとう!」
「いえいえ。買ったのは松川くんだよ」
「てかボディクリーム、匂い最高だよ! みょうじさん俺の事良く分かってるんだね!」
「あれ選んだの松川くんだよ」
「まじ!? まっつん、俺の趣味丸分かり! さすが……!」
「あーうぜぇ。んじゃ、俺はもう良いだろ。今日は帰るわ。じゃあな、及川」

 松川くんが及川くんから距離を取って、私の横に来る。そんな松川くんを見つめてキョトンとする及川くん。

「えっ? 何言ってんの? 折角だから、みょうじさんも俺の会に参加するでしょ?」
「へっ?」
「はっ!?」

 及川くんのさも当然という言い方に私だけじゃなくて、松川くんも気の抜けた声を出す。

「これも何かの縁じゃん。おいでよ、みょうじさん」
「でも私、何にもプレセント持ってないし……」
「全然構わないよ! 色々訊きたい事もあるし! ね? おいでよ!」
「及川。みょうじさんの立場になって考えろよ。初対面の及川の訳の分からん会に参加させられるなんて、可哀想過ぎるだろ」
「訳分からんって……! 酷いよまっつん! さっきもそう! みょうじさんからのラインは直ぐ返すし! 電話だってかけてるし! 俺からの電話には全然出もしないクセに! 俺の事、どうでも良いの?」

 徹、涙が出ちゃう……! そんなセリフを吐きながら袖を目元に当てる及川くん。泣き真似をしながら私の事をチラチラと見てくる。えっと、これは……。「ごめんなさい?」とりあえず、謝っておけば良いのかな?

「お前そんなんだから彼女に振られんだろ」
「グッサァ!!」

 松川くんの辛辣な言葉に今度はワザとらしく胸に手を当てる。その動作が可笑しくて、「あはは!」と思わず笑ってしまう。本当に、及川くんって残念だ。

「今日は、何にも準備できてないから、また今度。何か持って来るね」
「ほんと!? やった! 約束だよ? みょうじさん! あ、てかさ、ライン教えて?」
「ライン? うん、良いよ」
「及川」
「あっ、やべ。ごめん、まっつん。つい」
「ついじゃねぇだろ」
「ゴメンって。さて、主役がいつまでも不在する訳にも行かないし。俺はこれで。じゃあまたね、みょうじさん」

 スマホを取り出そうとした私達を松川くんの声が制する。その声に及川くんがハッとして、手を止める。そしてそのまま校内へと戻って行く及川くん。2人の間で一体なにが起こったんだろう?

「みょうじさん、帰ろう」
「あ、うん」
「それにしてもみょうじさんが青城の校門に居るって聞いた時、マジでビビった」
「あはは、それは良かった。でも、“そんな可哀想な及川さんを慰めて会”の途中だったんだよね? ごめん。やっぱり連絡はするべきだったね」
「いいや。プレゼントは渡し終えてたし、丁度良かったよ」
「……なんかその言葉にはいつものスマートさは含まれてないね?」
「本心ですから」
「あはは。なんか松川くんが同い年に見える」
「おいそれどういうイミ」

 及川くんには松川くんを同い年にする力があるんだなぁ。やっぱり、最高だよ、及川くん。




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