尾白の願い事

 北と尾白が3年生の階へと辿り着き、7組に立ち寄って北の理科のノートを取って、5組へと向かう。しかし、5組の後ろ側のドア付近に立って、2人して教室内に視線を巡らせるがそこにみょうじの姿は無い。

「あ、そういえば、みょうじさんってお昼休みになったらどっかにフラっと出かけんねんなぁ。んで、昼休みが終わる10分くらい前にフラッと戻ってくるんやけど。今日もどっか行っとるんかな……」
「どこ行っとるかは、知らんの?」
「そそくさ出て行く感じやからなぁ。いっつも前のドアから出てあっちの……」

 尾白が普段のみょうじの行動を思い浮かべ、辿るように廊下の前へと視線を移すと向こう側から歩いてくるみょうじが映る。

「ん? 何、私指差して固まってるけど。北さんまで。どないしたん?」
「丁度みょうじさん探しててん。アランから聞いたわ。ウチの双子が迷惑かけたみたいで、スマンな」
「あぁ、やからツムくん私にノート買ってくれたんか」
「なんや、侑の奴もうみょうじさんに渡したんか。行動早いな。北の言葉、よお響いとんなぁ」
「私も丁度ノート買お思うて購買行ったら2人しておにぎり口いっぱいに詰め込んでてなぁ。んでこのノート、貰うてん」
「……なんや、この落書きばっかのノートは」
「ふふ、ピンク色はちょと……て思うてたら“サイン書いたら使いたなるやろ!”言うて。いつの間にかサイン会開かれとったわ」
「人のモンに落書きするんは駄目やな」
「ええんよ。私、これ気に入っとるし。北さんもワザワザ謝りに来てくれたん?」

 みょうじの言葉にハッとし、「あ、せや。アランから頼まれてな。これ、理科のノート、漏れは無い筈やから、これ良かったら使うて。俺のクラス来週まで理科ないから」と自分のノートを差し出す北。

「ええの!? 正直助かるわ。頭に入っとるいうても、過去の授業までは完璧に入ってへんかったし。尾白くんが今日の授業船漕いどるん、知っとったから貸して言いにくかったし」
「バレとったか……」
「尾白くん、私の斜め前やったからな。あんな前でよお堂々と寝れるなぁ。って関心すらしたわ」
「しっ! みょうじさん、北が居る前ではバラさんといて!」

 みょうじの発言にがっしりとした体躯をおろおろとして慌てさせる尾白。そんな尾白の事を何も言わず、ジッと見つめる北。

「ちょ、もおホラ! 無言の視線が怖いねんて! 俺も北のノート借りて遅れを取り戻すつもりやったんやで?」

 そんな事を言って取り成す尾白に「まぁそんな事やろうとは思うとったわ」とそれをあしらう北。そんな2人のやり取りを見て目を細めた後、「せやった!」と今度は反対に目を開くみょうじ。その瞳の開閉が騒がしいなぁと北はみょうじを見つめながら思う。

「折角やから! ちょい待っててな!」

 そう言って自分の机へと向かい、ピンクノートを置いた変わりに引き出しから参考書を取り出し、今度はそれを手にして北達の下へと戻って来るみょうじ。

「これ、こないだいうてたヤツ。もう私使い終わったから」
「もうええの?」
「おん。気が済むまで使わせて貰いました」
「ふふ、そうか。それなら、借りるな」
「うん。見終わったらまた私に返してくれたら私が返しとくから」
「俺が返しとくよ。最後に使うん、俺やから」
「そうか、んじゃ頼むわ。んじゃノートありがたく借りるな」
「おお、気が済むまで使うてええから」
「はは、今回はその発言で合うとるなぁ」
「せやろ」

 んなら行くわ、そう言って自分の教室へと戻っていく北を尾白とみょうじが見送る。

「いやぁみょうじさんと話してる時の北はなんか楽しそうやなぁ」
「ほんま? 私と話す人ってあんまりええ顔してへんから、尾白くんから見て、北さんがそう見えんのやったら、嬉しいなぁ」
「みょうじさんって人の反感買うて言うてたけど、俺みょうじさんと話してて嫌な気持ちにならへんけどなぁ。それ、ほんまなん?」
「うん……。ほんまやで。ほら、女子の世界とかって特にそうやん。相手の気持ち慮って、自分はどうでもええ事でも一大事かのように振舞ってみたり、さして興味ない事にも興味あるフリしたり。……そういうの、私ムリやねん。他人に合わせるいうんが。自分を犠牲にしてまでする事ちゃうやろって。そんな事で自分の時間使うの勿体無いやん」
「ほえー。みょうじさんの言うてる事間違っては無いねんけどな。むしろ正論や」
「そう言って肯定してくれるんは嬉しいけど。女子の世界はそう上手くいかんもんなんや」
「女子かぁ……。俺にはちょっと分からん世界や。すまん、みょうじさん」
「ううん、私もちょっと話しすぎた。……こういう所が北さんに似とる?」
「……ちょっとな。でも、ちゃんと理解は出来たで!」
「ふふ、それなら良かったわ」
「北さんには尾白くんみたいな友達が居って羨ましいわ」
「えっ、なんで?」

 みょうじから“羨ましい”といわれる原因が自分である事に尾白はむず痒い気持ちになる。そして唐突にそんな事を言うみょうじに訳を尋ねると長い睫毛を瞬かせながら、「やって、北さんは尾白くんみたいなええ理解者が居るんやろ。それって羨ましい事やわ」と遠くを見つめてみせる。その顔はどこか悲しげだ。そんなみょうじに尾白は堪らず「せやったらさ、」と言葉を接いでみせる。

「せやったらさ、俺はみょうじさんにとってもええ友達になれるんとちゃうか? ほら、みょうじさんと北ってよお似とるから」

 自分で言っておいて、尾白は恥ずかしくなるのが分かった。どこぞのイケメン坊主のセリフやねんっ! と心の中で自分で突っ込み、1人赤面する。しかし、みょうじはそんな尾白の心を知ってか知らずか、「せやなぁ。尾白くんや、ツムサム兄弟は私にとっても、ええ友達になってくれるとええなぁ」と凛とした瞳を和らげて見せる。

 そんなみょうじの姿を見て、尾白は自分達がみょうじにとってそういう存在になれるよう、心の中で祈った。

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