化学反応発生

 お昼休み、ミーティングを終えてお昼ご飯を食べようと教室へと戻っていた北の背中を尾白の声が掴まえる。

「なんや、アラン」
「お前のクラスって理科の授業俺のクラスより先やったよな?」
「そやけど。どうしたん?」
「悪い……ノート貸してくれんか?」
「お前また、」
「いや! 今回は俺ちゃう! いやまぁ貸してくれるんやったら俺も書き写さして貰うねんけど! 今回はみょうじさんに貸してあげたくてな」
「みょうじさん? なんでまた」

 みょうじがノートを写し損ねるような事をしなさそうに思えて、北は尾白の話に食いつく。そんな北の視線を受けて、尾白は事のあらましを話す。

「そうか。侑、治」

 その話を聞いた北はそそくさと去っていこうとしている犯人達を呼び止める。

「今アランが言うたの、ほんまか?」
「……ほんまです。そやけど俺等、もうこっぴどく北子さんに怒られたし、許しも貰うてますよ!」
「北子さん?」
「ヤッベ……!」
「……とにかく、侑。水かけたんはお前や。購買でノート買って来い。んでみょうじさんは5組やから、そこ行ってノート弁償しろ」
「ふぁい。……俺の昼飯代なくなってまうやん……サムのせいやで? 金貸せや」
「嫌や。貸したら返ってけぇへんやんか」
「いや元はと言えば、」
「治は侑の昼飯買ってやれや。治が侑の昼飯食うたんが事の始まりなんやろ」
「……へぇい」

 北の指示に大人しく従い、ぞろぞろと購買へと足を進めだす宮兄弟。

「やっぱり、宮兄弟静めれんの、北とみょうじさんくらいかもなぁ」
「あぁ、みょうじさんならアイツらの事手懐けそうやな」
「やっぱ、お前とみょうじさん似てんのかな……」



「なぁ、おにぎりも買ってええ?」
「はぁ? そんだけパン買うたらもうええやん」
「いやだってあのおにぎり美味しそうやん」
「まぁ確かに……旨そうやな」
「せやろ? サムの分も買うてええから、食おうや」
「俺の金やっちゅうねん」
「まぁそんな固い事言わんと」
「てかお前ノート買うたんか?」
「おん。北子さんが喜ぶやろう思うてな、ピンク色にしてん」
「ふうん? 北子さんってピンク好きそうには見えへんかったけどなぁ」
「そうか?」

 そんな会話をしながら2人でおにぎりを頬張っている時だった。向かい合って座った治の向こう側の入り口からみょうじの姿が見えて、侑は目を見開く。

「北子ふぁんや、おいファム。きたふぉふぁん、ふぉ、俺口ふもてるからファムよふんで」
「フム、ふぁに言うひょるんかわきゃらん」

 もごもごと口におにぎりを詰めながら聞き取れない言語で話をする双子。侑がそれでは埒が明かないと思ったのか、みょうじめがけて思いっきり手を振ってみせる。

「きたふぉふぁーん!!」
「……? 私か?」
 
 手を振った事でこちらに気付いたみょうじにうんうん、と首を縦に振りながらもおにぎりを口に運ぶのを止めない。

「きたふぉふぁん、きょふぉのノーフォのけん、」
「食べ終わってから喋りぃや。詰まんで」

 みょうじの言葉が言い終わるが早いか、飲み込むが早いかのスピードで胃袋へとおにぎりを追いやった侑が「これ! ノート! 北子さんに!」と先程買ったピンクのノートを差し出す。

「え、どないしたん。これ」
「さっき俺等のせいで北子さんのノートぱぁにしてもうたやん? それのお詫び。中身までは弁償できへんけど、それで許して」
「許すもなんも……謝ってもらたし、弁償なんかせんで良かったのに。ちょうど私もノート買いに来ててん。せやから、お金は返すわ」
「ええって! お金もろた事バレたら北さんに怒られるし! それに、その俺チョイスのピンクノート、可愛ええやろ!?」
「おおん……」
「ほら見てみぃ、ツム。北子さんビミョーな顔になっとるで? やっぱピンクは柄やあらへんのやって」
「えっ! そおなん? 北子さん、これ、気に入らんかった?」
「んまぁ……正直言うと好きなデザインやないなぁ」
「ほら見てみぃ! ツム、お前どんなセンスしとんねん」
「はぁ!? じゃあ分かった! みょうじさんそのノート貸して!」
「うん?」

 みょうじからピンクノートを返して貰うなり、ポケットからボールペンを取り出してなんとも読めない字を書いていく侑。そして最後に丸い球体らしきものを描いて「よしっ!」と満足そうに笑ってピンクノートをみょうじに返す。

「俺のサイン入りや! 俺な、将来バレーの世界で有名になるから! そん時にこのサインノート、めっちゃ価値出んで! どうや、北子さん。急に大切なモンに感じてきたやろ?」
「アホツムっぽい発言やなぁ。ツムのだけやったら不公平やから、俺のも書いたる」
「あっ、止めろ! 価値が! 価値が下がる!」

 ギャーギャーと言い合いながらも「待って、このデザインのが格好良くない?」「それもせやな!……あ、じゃあ俺のはこんなんどうや?」「ええなぁ!」といつしかサイン会が始まってしまう。

「それ、私のノートやねんけど?」
「……せやった!」
「また怒られる! ごめんなさい、北子さん!」
「この通り! 怒らんといて!」

 みょうじの発言に手が止まり、顔面を青ざめさせてみる双子にみょうじはクスリとする。

「ふふ、ええよ。なんか、そのノート使いたなったし。サインもありがとう」
「……! いや、別に……」
「なんか……照れるなぁ」

 みょうじからお礼の言葉を貰うとは思ってなかったのか、宮兄弟が嬉しさでソワソワとしている。そんな2人の表情が双子らしく似ていてみょうじはもう1度笑ってしまう。

「てか、私の名前みょうじって言うんやけど。なんで“北子”なん?」
「それは……ですね……」
「なんで? ツムくん」
「お、俺!?」
「なんかサムくんよりはツムくんのが吐きそうやから」
「えぇ〜……。まぁその通りなんやけど。なんというか、あの、渡り廊下で話した時、怒られた感じが北さんに似てるな思うて。それで……」
「それで、私が“北子”いう訳か」
「すんません……!」
「俺はツムに言うたんですよ? 人の名前勝手に決めるんは失礼やろって」
「はぁ!? サムお前嘘吐け! お前やってさっきノリノリで言うてたやんけ!」
「でもその場合、“信子”とかとちゃうん?」

 言い合いを始めた宮兄弟を止めるでもなく、そんな事を言ってきたみょうじに宮兄弟は思わずみょうじの事を見つめる。

「あ、でも語呂が悪いか……。それやったら“北子”のが良えのんか……?」

 黒い髪を耳にかけて、その手をそのまま顎へと当てて考え始めるみょうじ。

「わはは! 北子さん、おもろいなぁ!」
「俺等テッキリ怒られるおもうとったで!」
「まぁ北さんの前で言うたらアカンよ? 北さんには失礼やから。でも、私は北さんに似てるって言われるの、嬉しいし」
「えっ、嬉しいの?」
「北さんって結構機械みたいな人て言われるんやで?」
「なんで? 北さん、しっかりしてるやん。そんな人に似てる言われんの、私は嬉しいけどなぁ」
「へぇ。そうなんや。まぁ、北子さんも俺等の事、俺等しか呼んでへん名前で呼んでくるし、ええか。お互い様やんな!」
「……えっ、待って。ツムくんサムくんって本名とちゃうのん?」
「そやで? 俺が宮侑で、こっちは宮治。……えっ、北子さん俺等の事知らんの?」
「うん。いや、尾白くんからバレー部の代表格とは聞いとったけど。私、ツムサムが本名かて思いよったわ。ほら、“アランくん”いう名前の人かて居るくらいやから。てっきり」
「へー! 俺等の事知らん人、俺初めて会うたかも!」
「ほんま?……ごめん、正直言うな。私、バレー部とかそういうウチの高校が強い部活にあんま興味無くて。やから、皆の事最近知ったんやわ。……ごめんな」

 本人達を前に“興味が無い”と断言する事はやはり心苦しいのか、申し訳無さそうに謝りを入れるみょうじ。

「ええよ! 別に! これから俺等の事知ってくれたらそれでええし!」
「そうやなぁ。誰かに言われて無理矢理興味持つモンでもないしなぁ」
「やな。と、いう訳で北子さん。これから、よろしゅうな!」
「よろしくて……なんかよろしくせなアカン事あんの?」
「……そういわれると……なんかあるか? サム」
「んや? 特には、無いんかな……?」

 首を捻り出した宮兄弟にみょうじは思わず噴き出してしまう。

「あはは、ごめん。私が野暮な事言うたわ。学校で会うた時、手ぇくらいは振るわ。んじゃあツムくん。ノート、ありがとうな。サムくんも、サインありがとう」

 そう言って購買を出て行くみょうじを見送りながら宮兄弟はみょうじに対する印象を改めていた。

「北子さんって北さんみたいな事言わはるけど、北さんよりは明るいよな」
「そやなぁ。北さんも北子さんみたいになってくれたらちょっとはとっつきやすくなんのになぁ」
「でも、そうなった時って北子さんの事北子さんって呼ぶのおかしくなるんちゃう? この場合は北さんの事を北子さんみたいな呼び方にするべきやんか」
「……ん? 北子さんと北さん、どっちがどっちや?」
「……分からんなったな」

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