残留する笑顔

「あら? 北、参考書借りてこんかったんか?」
「借りよう思うたけど、別の人に先に借りられてん」
「そうか。それにしては遅かったな」
「あぁ、まあちょっと色々あってな」
「もしかして、さっきあっち側騒がしいなぁ思ったん、北絡みか?」
「すまん、やっぱ騒がしかったか」
「まぁでもそそくさと出ていきよった女子生徒が居らんなったら静かになったけどな」

 まさかそれに北が絡んどるとはなぁー、そんな事を言いながら借りてきた参考書を机に広げ問題を解きだす尾白。しかし、その手が直ぐに止まり、助けを請うように北へと視線を送ってくる。

「どこが分からへんの」
「まず文の意味が分からへん……」
「……この場合は――」

 尾白に対し、一通りの説明を終え、顔を上げた時だった。つい先ほどまで話をしていたみょうじが尾白に行っていた北の説明に耳を傾けるようにして、そこに立っていた。

「ほえ〜、北さんって教えるん、上手やんなぁ。私もその問題躓いてたから、今スッキリしたわぁ」
「うわっみょうじさん?」

 尾白のビックリとした声に「あ、ごめん。邪魔した」と謝りを入れるみょうじ。そんなみょうじに北は「どないしたん?」と尋ねる。

「話の途中にごめんな。この参考書、使い終わったら北さんに貸そ思うて。せやけど北さんが何組か聞くの忘れてたから」
「ほんま? それは助かるなぁ。俺、7組や。……あ、でも教室に居らん時に来てもらったらみょうじさんに悪いしな」
「ええよ、そん時は机に置いとくわ。席はどの辺りなん?」
「席は――」

 そんな会話を端的に交わし、「ありがとう! 邪魔してごめん」そう言って図書室を出て行ったみょうじをポカンとした表情で見送った尾白の顔がグルンとこちらを向く。

「え、え!? お前みょうじさんと知り合いなん? なんで?」
「なんでて。俺が借りよ思うた参考書先に借りたんがみょうじさんやってん」
「へぇ! それでみょうじさんがなぁ……」
「なんや? さっきから、大袈裟やな」
「いや、みょうじさんて俺と同じクラスの人やねんけどな? あんな風に喋ってるの、初めて見たからビックリしてん。……みょうじさんて笑うんやな」

 感心したように話す尾白の話を聞いて、北も意外だと思う。みょうじは滅多に笑わない。そんな人には見えへんかったけど。いや、どんな人かなんて事はちゃんと接してみらんと分からんもんや。あの短い時間でそうやと決めるんは、失礼かもな。自分の考えを律し、北は尾白への解説へと戻った。

――北さんって教えるん、上手やんなぁ。

 解説をしながら脳内に先程のみょうじの言葉がチラつく。その言葉に続くように凛とした瞳を向けるみょうじの顔も浮かんでくる。

 うん。やっぱり、どんな人かは分からんくてもみょうじさんは笑顔が似合うてるわ。

prev top next



- ナノ -