耳を包む微熱

 お昼休みになり、北は自分の弁当を持って教室を出る。向かう先は昨日、みょうじが居た空き教室だ。途中、尾白が北を見つけ、声をかけてくるが、弁当を持った北の姿を見て、何かを察したのか「今日大耳と食堂で食おてなってんけど、北の事は俺が説明しとくな」とやけにドヤ顔で言ってくるので、北はなんとも言えない顔で返しておいた。

 アランは何であないに気合が入っとるんや? 北は尾白と別れた後、首を捻ってみるが、直ぐに考えるのを止めて、ガラガラとみょうじの居る教室のドアを引いた。

「みょうじさん」
「ん、北さん! 今日も何かあったん?」
「特に用事はあらへんのやけど、もしみょうじさんが良かったら一緒にここで食うてもええ?」
「もちろん! ええで! せやけど、ここ蒸し暑いけどええか?」
「構わへんよ。昨日ここで過ごしてみたら、なんかこの空間が心地良くてな。俺も気に入ってしもうて」
「せやろ? 私もここ、なんやかんやいうて気に入っててん。あ、窓開けるな」
「ありがとう」

 北が来る事を拒まず、快く受け入れたみょうじは窓を開けたり、机を移動したりとテキパキと行動を起こし始める。北はそんなみょうじの行動を手伝い、机を向かい合う形へと作り変える。

「せっかく一緒に食べるんやし、向かい合って食べる形でええ?」
「せやな。それにしてもみょうじさん、動きが早いなぁ。隙がないわ」
「ほんま? 北さんと似とったかな?」
「俺でもそんなにテキパキとは動かれへんわ。俺よりもみょうじさんのが上やな」
「ほんま!? それはそれで嬉しいわ」

 北はみょうじとの会話を楽しみながら、ゆっくりとご飯を味わって食べる。その時間は普段、友達やバレー部と過ごす時間と変わりはないのだが、北は今日のご飯は何故かいつもより美味しいと感じていた。

「ご馳走様でした」

 2人して手を合わせた後、みょうじが「あ、せやった!」と口を開く。

「私、今日北さんにノート返そう思うて、ノート持ってきててん。今ここで返してもええ?」

 みょうじの言葉に「ええよ」と頷くと「ついでに、北さんに教えて貰いたいとこがあってな。……もし良かったら、今教えて貰うてもええ?」と伺ってくる。

 そんなみょうじの言葉にも二つ返事で同じ言葉を返すと目を細めてお礼を返してくる。みょうじさんの表情はクルクルと忙しないなぁ。そんな事をみょうじを眺めながら頭の傍らで思いつつ、弁当箱を片し、みょうじが教えて欲しいと言った部分の説明を行う。

「……せやから、この場合はこの公式を使うたらええんやで」
「あぁ! せやったなぁ! すっかり忘れてしもうとった。北さんのノート、授業で習った事意外にも細かにメモが書かれとって、ほんま分かり易かったわ! 前の自分のノートよりまとまった気する。それに、忘れとった所もこうやって教えて貰うたから、もうスッキリや! ほんま、ノート貸してくれたり、教えて貰うたり、なんからなんまで、ありがとうな。助かったわ」
「いいや。みょうじさんの役に立てたなら良かったわ。俺が分かる場所やったらいつでも教えるしな」
「ほんま!? せやったら今度からも時々こうやって一緒にご飯食べてもええ? 私、誰かとこうやってご飯食べるの久々やって、楽しくて。やっぱ誰かと食べるんは、ええなぁって思うてたんよ。やから、試験前とかでええから、またご飯食べてくれると嬉しいわ」
「ええよ。なんやったら、これからここで一緒に食うてもええ? さっきも言ったみたいに、俺もここ、気に入ってん。ここやったら静かに本読んだり、みょうじさんと勉強したり出来るし。明日からも来てええ?」
「ええよ! 私からしたらそれは大歓迎や!」

 明日のお昼からが楽しみになったわ、そう言いながら安全棒へと寄りかかって風を浴びるみょうじ。そして細めた目を開いて「あ、ツムサム兄弟や」と運動場へと続く敷地を歩いていた宮兄弟を指さす。

「あの兄弟昼休みも一緒におんねやな? なんやかんや言うても仲良しなんやなぁ」

 風に靡く髪を左耳にかけながら椅子に座っている北にそう声をかけ、北も呼びかけに応じるように安全棒へと近付き、宮兄弟へと視線を送る。その手にはバレーボールが握られており、それを見たみょうじがカラリと笑う。

「ツムサム兄弟はバレーから離れられへんのやろなぁ」
「アイツらはバケモンやからなぁ」
「バケモン?」
「バレーのバケモン。たまにおるやんか。狂ったように何かを突き詰めるヤツ。アイツらがそれやねん。せやから、ひと時でもバレーから離れたないんやろな」
「へぇ。そうなんや。でも、そんだけ誰よりもバレーを愛しとるから、バレー部の代表格て呼ばれるようになんねやろうなぁ。そういうんは、やっぱり凄いんやなぁ。あの子ら。バケモンかぁ。あの子らからしたら、褒め言葉なんかもな!」
「はは、そうやな」

 宮兄弟を見つめながらそんな会話を交わしていると、視線を感じたのか、侑がキョロキョロと視線を彷徨わせ、3階に居るみょうじ達に留まる。

「あ! 北子さん! 北さん! チワース!」
「ツムくん! サムくん! 今日も相変わらず元気やなぁ!」
「おん! バレーやってる限り俺は一生元気や!」
「はは、その理論なんやねん」
「俺はメシ食うてる限り元気」
「いや、やからその理論なんでやねん」
「北子さんは? そこで昼メシ食うてんの?」
「せやで。北さんと一緒にな、ご飯食べてた!」
「へぇ! そうなんや! 俺らもそっち行ってええ?」

 侑の提案に一瞬言葉に詰まるみょうじ。そんなみょうじの顔がチラリと北の方へと向き、目線が合わさる。北はそんなみょうじの瞳をジッと見つめてみせるが、その意図は読めない。北が不思議に思っていると直ぐに宮兄弟へと戻される。

「たまーーにやったらええよ! 普段は北さんと2人で静かに過ごしたいから! たまに、な! アンタらは騒がしいから」
「確かに、俺ら騒ぐな言われて、騒がん自信ないもん。たまに寄らせて貰うわ!」
「うん。それやったら楽しみ」

 そう言って宮兄弟に手を振って席に戻るみょうじ。北は宮兄弟の挨拶にもう1度手を上げてみょうじと同じように席に着く。

「ツムサム兄弟にああ言うたけど、良かった? 私、また思うた事言うてもうたんやけど……」

 そう言って自分の前に座る北に照れくさそうに伺いを立ててくるから、北は「ええよ」と穏やかに返す。そんな北にみょうじは小さく「よっしゃ」と呟いた。その呟きは北の耳にもしっかりと届いており、北は耳がじんわりと熱くなるのが分かった。

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