省かれた先に

 教えて貰った空き教室へと辿り着くと運動場側の窓を開けて、黒髪を風に遊ばせているみょうじの後ろ姿があった。烏の濡れ羽色ってみょうじさんの髪の毛を言うんやろうなぁ。良く見ると少しだけ青みがかったその髪がみょうじさんの白い肌によお映えとる、と北は後ろ姿を見つめてそんな事を思う。もう少しだけその姿を見ていようかとも思ったが、後ろ姿からはどことなく寂しさのようなものも滲み出ている気がして、北は意を決してドアをガラガラとひいた。

「!……なんや北さんか。ここがよお分かったな」
「おん。アランに聞いた」
「どないしたん?」
「こないだ借りた参考書、返してんけどな、参考書にこれがはさかっててん。みょうじさんのちゃうかな思うて」

 そう言って差し出したしおりを受け取ったみょうじは「あ。挟んどるの、忘れとったわ。ありがとう。北さん」と柔らかく返事をする。

「……隣、ちょっとだけええか?」
「おん、ええよ」

 用事を終えた北はそのまま帰るでもなく、みょうじの隣へと移動し、みょうじと同じように安全棒に寄りかかる。

「この教室、この時期やと暑ないか?」
「そうやなぁ。夏は暑いし、冬は寒いなぁ」
「……教室で食べたないんやろ?」
「うんまぁ、な。尾白くんから聞いてるとは思うけど、私、結構キツイ言葉言うてまうから、人と上手くやれへんくて。……やから、いっつもここに逃げ込むんが昼休みの習慣になってな。もうちょっと思いやりもてたら上手くいくんは分かってるんやけどな」

 それが出来ん結果がここや。そう言って笑うみょうじの顔は悲しそうだ。北はそんなみょうじの横顔を見つめて自分にとっての、自分なりの正論をぶつけてみせる。

「初めて会うた時、みょうじさんが女子生徒に言うてた言葉な、あれ俺が言おうおもてた言葉と似ててな。俺、思わず笑いそうになってん。それにみょうじさんが言うてる事間違うてへん思うたで。言うべき事やとも思った、俺は。それを相手の事考えて言うの止めんのは優しさとか、思いやりとか、そんなんとちゃうやん。それにそれを相手が受け入れてくれへんでも、それはそういう結果やったていうだけやん。結果より、そこに至るまでの過程が大事やと思うで。ちゃんと、自分が正しいと思う事を丁寧に、反復して、継続してたらいつか結果やて変わるかもしれへんのやし。結果はただの副産物にすぎんやん。せやから、日々自分が間違うてへんと思う事をちゃんとしてれば、それでええんとちゃうか? 神さんはそういう所もちゃんと見とるって、ばあちゃんも言うてたし。まぁ、神さんの為にやる訳やあらへんけどな。でも、自分の為にやっとる事でも、見てる人は見てるし、評価もしてくれるんやと思うで、俺は」

 静かに、ジッと話に聞き入るように北を見つめていたみょうじの瞳が空へと移る。その瞳はガラス玉のような雫が膜を作っており、キラキラと太陽の光を反射させている。

「北さんは強いなぁ」
「そうか? 俺かて人から冷たい目で見られる事を好んでやろうとは思わへんし、省きモンにされんのは辛いと思うで? ただ、それが怖くて自分を消してしまう事の方が嫌なんや」
「……私な、尾白くんとか、ツムサム兄弟から北さんに似とるて、言われるんよ」
「俺も、みょうじさんに似とるてアランに言われた事あるわ」
「私も、北さんの小難しい話…、あ、ごめん。小難しい言うんは尾白くんが言うとったで? 私はちゃんと理解出来たで?」
「アランはよお俺の話、そう言ってぶった切るもんなぁ」
「はは、そうなんや。あ、でもほんま、私は今の話聞いて、北さんと私、そういうとこは似とるなぁて嬉しかった」
「嬉しいか? こんな小難しい事言う奴やで?」
「うん。北さんって周りから“機械みたい”とか“隙が無い”とか言われてるていうのは聞いた。そやけど、それは北さんが色んな失敗を繰り返して、それを丁寧に修正して、その修正を反復して、ちゃんと継続してきた結果やんか。やから、皆がそんな北さんの事を“機械みたい”とか、“隙が無い”とか言うんは、私は褒め言葉やと思う。機械みたいに同じ事を隙無くきちんとこなすて、それって私は凄い事やと思うもん。そんな凄いと思うてる北さんと似とる言われるんは、私にとっては褒め言葉や。でもな……」

 でも、で言葉を区切ったみょうじは瞳を閉じ、その瞬間にポトリと1滴だけ膜から涙へと変わった雫を流し、もう1度空を見上げる。北は瞳に残った雫に濡れた睫毛が、鮮やかな濡れ羽色やと思う。そしてその瞳はいつものように凛々しさを取り戻していて、綺麗やとも思った。

「北さんは結果は副産物にすぎんて言わはるけど、私はどうしてもそこはそうとは思えんのや。もちろん、毎日継続している事が私を構築してるんやとも思うけどな、私は丁寧に反復して、継続してきた事の結果も大事やと思うんよ。結果は自分の毎日の行動に伴って変わるんかも知れん。でもな、その結果だって私を構築する事の1つやと、思うから。私は、結果も、過程もどっちも同じくらい大事やって思う」

 そうハッキリと強く、自分の意思を告げてくるみょうじはあの時、図書室で会った時と似ていると思った。

「やから、今北さんが私の事間違うてへんて認めて、受け入れてくれたし、それだけで今私が感じとる結果にも自信が持てたわ。やっぱり、自分を消してまで無理に人の輪に入る結果を選ぶくらいなら、私はこのままここに居るわ。自分の過程が出した結果をちゃんと受け入れる。……なんか、北さんに負けんくらいの小難しい話してもうたな……。ごめん」
「いや、ええよ。みょうじさんの話、理解出来たし。それに、そういう考え方もあるんやなって、今ちょっと感動しとる」
「えっ、感動するん? 北さんが? 私の話に?」
「そうや。俺な、バレーずっと続けてきてんけど、実力自体はそないに上手い方やないし、中学の時もスタメンやないし、ユニフォームすらも貰えんような、そういう方やったんよ。それでも、それは結果にすぎんし、自分はちゃんとする事やってたから、別にええて、そう思うてたんや。やけど、稲荷崎に来て3年になって初めて1番のユニフォームを貰った時、なんでか涙が止まらんくてなぁ。1番のユニフォームいうんは、いうてみれば結果な訳やんか。それやのに、なんでか涙が止まらんくて。アランは“感情に理由なんか要らん!”言うてぶった切ってきたけどな。……まぁでも、みょうじさんの話聞いて思ったわ。副産物にすぎん事でも“嬉しい”とか“悔しい”とかそういう感情を構築する1つでもあるんやな」

 気付かせてくれて、ありがとう。そう言って同じように空を見上げる北。そんな北をちらりと見やってみょうじの瞳も空へと向き直る。

「私達、やっぱり似たもん同士なんかもな」
「そうかもなぁ。そやったら、俺も嬉しいなぁ。みょうじさんに似とるって言われるんは、嬉しいわ」
「ふふ、私も北さんに似とるって言われるの、やっぱ嬉しいわ」

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