満ちなる世界
 マネージャーになって初めて迎えた遠征先は同じく都内にある音駒高校。今まで部活動なんてしてこなかった私は、他の学校に足を踏み入れるなんてほぼないに等しかったから、新鮮な気持ちとワクワクした気持ちを抱えながら合宿を迎えた。
 音駒高校に着くと出迎えるように“NEKOMA”と書かれたTシャツを着た男子生徒が数人立っていた。そのうち、背が高い黒髪の男性に木兎先輩が「ヘイヘーイ! クローさん! お元気だったかー!」と大きな声を発して向かって行く。「おうおう、ボクトさん。そちらもお元気そうで」慣れた様子で木兎先輩を迎え入れる男性は、クロさんというらしい。独特な髪型だなぁと思っていると、クロさんの視線が私へと向けられた。

「ハジメマシテ、だよね?」
「は、初めまして。みょうじなまえです。バレー部のマネージャーとしてこないだ入部しました! よ、よろしくお願いします」
「俺、黒尾って言います。音駒高校バレー部のキャプテンやってます。みょうじちゃん、これからよろしくね」
「こちらこそです!」
「クロ、烏野もそろそろ着くって」
「おーそうか。あっちのチビちゃん達、今回ははじめっから来れるんだってな」

 クロさん改め黒尾さんのことを“クロ”と呼ぶのはプリン頭の男子生徒。黒尾さんに続いて特徴的な髪の毛だなぁと思っているとバチっと視線が絡み合った。かと思えばすぐに外され、黒尾さんの後ろへと引っ込む。

「ほらー、研磨。初めましてなんだから。ちゃんと挨拶しなさいっての」
「孤爪研磨、です」
「あ、みょうじ、なまえです。初めまして」

 私の挨拶にペコリと会釈を返し、“もう良いでしょ”と言いたげな態度で今度こそ黒尾さんの影になってしまった孤爪さん。「コラっ! まったくもう〜。ごめんな、みょうじちゃん。コイツ人見知りなんだよ」そんな孤爪さんの代わりに黒尾さんが謝ってくるから、慌てて首を振って返す。父と息子かな? そんな感想を抱いているうちに2人は“烏野”を出迎えに行くと言ってその場から立ち去ってゆく。
 黒尾さんはいかにもバレー部って感じだけど、孤爪さんは本当にバレー部なんだろうか? そう疑ってしまいたくなる程に華奢な体つきをしていた。そんな対極的な2人組を見送っていると、「梟谷も女子が1人増えとる……!!」と愕然とした叫び声がして、そちらに視線を動かす。

「ヒィッ!!」

 そこには地面に膝をつき、天を仰ぐように目を閉じる金髪モヒカン頭の男性が居て思わず悲鳴が飛び出た。ウチの木兎さんも中々強烈だと思うけど、音駒もみんな独特だな。

「やめろ山本! ビビッてんだろうが! ごめんなー? コイツ顔怖いだろ? 今すぐやめさせるから」
「ハイ……あ、イエ! 大丈夫ですっ」

 金髪モヒカンもとい、山本さんの頭を叩きながら謝ってくる栗色短髪の男性。手を振って返答しているそばから「わー! 新人ちゃんだー! 名前はなんて言うの? 俺は灰羽リエーフ! 1年! ちなみにバレー始めたばっか! キミもそうなんでしょ? 俺ら仲間だ!」と高い所から見下ろすようにして声をかけられ、山本さんの時とは違う意味で戦慄してしまう。……ちょっと、インターバルをくれないだろうか。色んな意味で。

「あ、あ……えと……、みょうじなまえです」
「なまえちゃん! 1年だよな? タメで良いよね! これからよろしくな!」
「こらリエーフ! ナンパみてぇな絡み方してんじゃねぇ!!」
「痛ぇ! ちょ、夜久さん! なまえちゃんの前でいきなり蹴るのはやめて下さいよ! 格好付かないじゃないですか!」
「うるせぇ! お前は元からダセェんだよ! 格好良くなりてぇならバレーの練習でもしてろ! ほら、体育館行くぞ! 山本もいつまでそうしてんだ! さっさと立て!」

 山本さんと灰羽さんを体育館へと連行していく姿を見送っていると「みょうじさん」と赤葦先輩から声をかけられる。会いたかった……。本当に会いたかった……。

「先輩ぃ〜……」
「みょうじさん来ないから心配して来てみたんだけど……ちょっと手遅れだった?」
「皆さん初めましてだったんで挨拶してたんですけど、」
「挨拶だけにしては凄く疲れた顔になってるよ?」
「ちょっと……嵐が通り過ぎた気分です」
「はは。嵐か。嵐ならもう1つ、音駒より強烈なのが来るよ」
「エッ今のよりですか!? もしかして、“烏野”ですか?」
「そう。あとちょっとで着くらしいから、来てみたら分かると思うけどね」
「……私、梟谷で良かったって思ってます」

 赤葦先輩の言葉に戦々恐々としている私に先輩は「そう? 木兎さんだけでも音駒は越してると思うけど」と笑ってみせる。確かに、木兎先輩は中々強大な力を持っている。でも。「でも、ウチは周りがしっかりしてるし、こうやって何かあったら助けに来てくれますし。安心です」そう。なんて言ったって、うちには赤葦先輩が居る。それだけで理由は充分だ。

「……みょうじさんって意外と真っ直ぐだよね」
「えっ、どういう意味ですか?」
「いや、なんでもない。さ、俺らも体育館行こう」
「はい!」

 赤葦先輩と出会わなければ、こんな日常やってこなかった。私が出会うことのなかった未知の世界に連れて来てくれたのは、やっぱり赤葦先輩だ。

「先輩、本当にありがとうございます」
「え、何急に?」
「ふふ、なんでもないです」

 先輩、やっぱり大好きです。
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