一目惚れ王子とダンス
 木兎先輩のプチ誕生日会も無事に祝い、いよいよ文化祭が明日にまで差し迫ってきた。前日である今日もいつもと変わらずお昼休みに尾長くんに社交ダンスの練習を付き合ってもらっている。でもそれも今日で最後。尾長くんにはまた改めて良いとこのプリンでもお渡しせねば。

「尾長くん、今日まで本当にありがとう。なんだか最後の方は尾長くんに教えてもらう感じになっちゃったね」
「基本的なステップだしね。あの、最後に訊いても良いかな」
「うん?」
「みょうじさんって運動苦手でしょ?」
「や、やっぱ分かる……?」
「うん。ステップとかたどたどしいというか……。実はやり始めた頃くらいから思ってた」
「やっぱり私のずば抜けた運動神経のなさはバレるか……」
「あはは。でもこうやって練習したんだし、前よりは断然上手くなってるよ。自信持って」
「尾長先生、本当にお世話になりました」
「いやいや、先生だなんて。練習相手として不十分なところもあったかもだけど、力になれたなら良かった。それに、俺もみょうじさんから貰うプリン毎回楽しみにしてた」

 ありがとう、尾長くん。尾長くんのおかげで明日の文化祭、楽しみな心持ちで迎えられるよ。きみは間違いなく良い子だ。

「あ、そうだ。俺らのクラスオバケ屋敷するんだ。人数ノルマがあるからさ、良かったら友達と来てくれない?」
「オ、オバケ……。わ、分かった! 今までのお礼も兼ねて遊び行くね」
「苦手なら無理しなくても大丈夫だからね」
「ううん! 頑張る!」
「ありがとう。それじゃあ、ここまでのステップとかもっかい復習しようか」
「はい! よろしくお願いします! 先生!」



 迎えた当日。友達の目論見通り社交ダンス教室は中々に盛況で、幾人もの男女ペアが教室内をダンスフロアとして楽しそうに踊っている。照れ臭そうに、それでいてどこか楽しそうな表情で手を取り合う様子は青春そのものだ。羨ましいし微笑ましい。

「はい皆さん! ちょっと良いなと思う人を誘って是非優雅な世界に浸ってみませんか? 初めましての人同士で踊るのもアリです! ダンスで見つける運命の相手、いかがですか〜? 王子様とお姫様になっていきませんか〜!」

 友達の呼び込み力が凄まじいのも要因の1つかな。この子は将来店頭販売のエースになれるかもしれない。

「なまえちゃん! 遊びに来たぞ! ユーガなダンス! 俺もしてぇ!」
「木兎先輩!」
「みょうじ。お疲れ」
「赤葦先輩! 来てくれたんですね!」
「俺らは春高控えてるから、文化祭の仕事軽減してもらってるんだ」
「そうなんですね!」
「そしたら木兎さんとそこで会ってさ。木兎さんもみょうじのところ行くって言うから一緒に来たんだけど。結構賑わってるね」
「はい! 友達の宣伝のおかげです!」
「なー、なまえちゃん。俺と踊ろうぜ! シャルウィーダンス! って言うんだろ? こういう時!」
「あはは。お誘いありがとうございます。だけどすみません。私達はサポートする側なんで、踊りはしないんです」

 木兎先輩のお誘いに腕に巻いてある“サポート役”の腕章を見せる。赤葦先輩も来てくれているけど、こればっかりは役目だ。仕方ない。

「へーそうなのか! 残念。でも俺ら男同士で来ちまったからなぁ。どうする、あかーし。俺らで踊るか? シャルウィーダンスする?」
「いやさすがにそれはちょっと」

 木兎先輩のお誘いに本気で引いている赤葦先輩。そしてそんな2人を遠巻きに見ていた女子生徒が「どうする? 行っちゃう?」「えっ、でも……、」「私、赤葦誘っちゃおうかな……」と虎視眈々と狙いだす。……本当だったら私だって名乗りを上げたいのに……! この腕章が憎い。千切ってしまおうか。

「はい、そろそろこの回締め切りまーす。あら? そこの先輩、ペア居ない感じですか? じゃあ、私と踊りましょう!」
「お? でもキミも腕章あるぞ??」
「時間がないので特別ルールです! みょうじはそちらの先輩とペアになってくれる?」
「えっ……エッ!」
「はい、これで上限達したので、この回は締め切ります! じゃあ説明をしていきますので、皆さんペア同士でこちらにお集まりくださーい!」

 自分の役目を全うするために歯噛みして悔しさを飲み込んでいると、呼び込みをしていた友達が戻って来るなりあれよあれよと仕切ってみせる。そしていつの間にか木兎先輩の手を引いてみんなの前に出て説明を始めてしまった。そんな友達の俊敏な動きについて行けず、呆然と立ち尽くしていると「ペアが見つからない寂しい俺の相手になってくれる?」なんて横に居た赤葦先輩からお誘いを受ける。

「あー、ホラ。さっさと行動しないから。木兎先輩と踊れなかったじゃん」
「残念〜。赤葦くんと踊れるチャンスだったのに……」

 教室の外からさっきまでワクワクとした声を発していた女子生徒の残念そうな声が聞こえてくる。立候補する人なら溢れるほど居るというのに。そんな人の相手を私なんかがして良いのだろうか。この差し出された手を握り返しても良いのだろうか。

「みょうじ、俺と一緒に踊ってくれませんか?」
「……はい。よろこんで」
「ありがとう。尾長にばかりとられてたから、やっと俺の番だ」
「へっ?」
「リード、よろしくね?」
「が、頑張りますっ!」

 たどたどしく赤葦先輩の手に自身の手を乗せてみると、その手を先輩が優しく握り返してくれる。王子様とお姫様……にはなれないけれど、私に向かって微笑みをくれる赤葦先輩は間違いなく王子様だ。
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