溢れた気持ちをあなたへ
「ねーなまえ。私たちのクラス、社交ダンスじゃん」
「うん」

 今月末に迫っている文化祭。私達のクラスは協議の結果、社交ダンスをすることになった。社交ダンスになったのは目の前に居る友達がアイスダンスのファンであり、“氷を張ることは出来ないけど、ダンスなら氷じゃなくても出来る!”という謎の理由をごり押しした結果だ。あとは“気になっている人との触れ合いのチャンス!”という友達にとっては後付けの理由が票を集めた大半の理由だろう。

「誘ったら? 一目惚れ王子」
「む、ムリっ! 先輩と手を取り合って踊るなんて……恐れ多い……!」
「アハハ、どんだけ。でもさ、いつそういうことが起きても良いように、練習はしとこうよ」

 手を取り合って踊るなんて場面、そうそうに起こることないとは思うけれども。ゼロだとも言い切れない。自身に言い聞かせるように頷きを返すと「てか、赤葦先輩だったっけ? 一目惚れ王子の名前」と尋ねられ一気に私の顔面が緩くなる。

「うへへ。うん、赤葦先輩。名前も格好良いよね」
「その先輩、人気みたいだね。バレー部って言うとその先輩か“ボクト先輩”って人の名前をよく聞く」
「でしょー? 私もバレー部に入ってビックリした。木兎先輩は“顔が広い”って感じで、赤葦先輩は“ファンが多い”って感じ。それだけライバルが多いってことなんだけど……」
「なまえも負けないようにしないとだ」
「うん。部活も、恋愛も。両方頑張る!」
「良いなぁ。私も“ダンス王子”とか現れてくれないかなぁ」
「あはは。何ソレ。練習、始めよう」

 私達は踊る人のサポート役だから、誰かと踊るなんてことはない。だけど、もしも万が一、先輩と踊るなんてことになったら。私がしっかりリード出来るようにしておきたい。その為にも友達から社交ダンスの基本的な部分をちゃんと習っておかねば。



 最近、1日が終わるのが早い。朝練終わった後は始業するまでの間に社交ダンスを習って、昼間も友達に基礎を教えてもらって、放課後は部活。家に帰ってからも社交ダンスの動画を見たり実際に踊ってみたり。今週の土曜日は待ちに待った先輩とのお出かけも待っている。そのお出かけに着ていく服も決めとかないとだし……。なんというか、“眠れない”って思ってたけど、正確には“眠る暇がない“と言える。今日もあっという間に放課後が来てしまった。

「ごめん、私もう部活行かなきゃだ」
「オッケー。じゃあまた明日教えるね」
「うん、ありがとう! じゃあね!」
「部活頑張って……ってなまえ? 大丈夫!?」

 友達に断りを入れて部活へと向かおうと踵を返した瞬間、体の力が抜けてふらついてしまう。「なまえ最近顔色悪かったけど……もしかして寝れてないんじゃないの?」他人から指摘されるレベルで寝不足に陥っているらしい。このまま部活に行ったらまた迷惑かけちゃうな。

「かもしれない……。ちょっと保健室行って横になってくる」
「付いて行こうか?」
「ううん、平気。1人で行けるよ」
「大丈夫?」
「うん。ありがとう。また明日ダンス教えてね」
「う、ん。分かった。無理しないようにね?」

 心配そうな顔で見つめる友達に手を振って保健室へと向かう。まさか立ち眩みまで起こしちゃうなんて。自分が思ってたより疲れてたんだなぁ。先輩達には文化祭の準備で遅れるって伝えてはいるけど、念の為木兎先輩に保健室行くこともメールしておこう。

―すみません。少し体調が悪いので保健室に寄ってから部活に行きます

 先生に事情説明をしてベッドを借りる。ベッドの上で木兎先輩にメッセージを送ったら、一気に意識が抜け落ちてゆくのが分かった。……あ、なんか体を手放す感覚久々かも。木兎先輩、さっきの連絡ちゃんと見るかなぁ。赤葦先輩からいつも「主将なんですから、そういう連絡事項は木兎さんに行くんです。もう少しこまめに携帯チェックしてください」って怒られてるしなぁ。まぁでもすぐ戻るし……。見ないなら、見ないでも……そんなことを考えているうちに、いつの間にか疲労と共に意識を手放していた。



「……ん、」

 ちょっとだけ――。そう思ってベッドに体を預けてどれくらいの時間が経ったのか。このやけに体がスッキリした感じは絶対に15分程度の睡眠で得られるものではない。やってしまったという感情がすぐに頭を過ぎり、一気に意識が覚醒する。

「起きた?」

 携帯を見ようと勢い良く体を起こすとベッドの傍で聞き慣れた声がして、体が固まってしまう。「先輩!? どうしてここに……」幻覚? まだ夢の中……? いやでも壁の時計はちゃんとリアルな時間分進んでいる。

「みょうじが部活に来ないから、心配してクラスに行ったらみょうじの友達から保健室に行ったこと聞いて。来てみたら爆睡してるし、起こすのも悪いかなって思って」
「そうだったんですね……。すみません、一応木兎先輩には連絡してたんですけど……。やっぱり見てないですよね」
「木兎さんは携帯チェックしないからね。なんの為に携帯持ってるんだか」
「もしかしてとは思ったんですけど。ほんの少しだから他の人にまで連絡しなくても大丈夫だろうって思って……。私、1時間も寝ちゃってたんですね……。本当にすみません」

 上体だけ起こしたまま頭を下げる。そんな私に先輩は「文化祭の練習も重なって疲れが溜まってたんだろうね。でも、自分の体調はちゃんと把握しておくこと」と優しく諭すような言葉をくれる。

「……はい。心配かけてばかりで、それだけじゃなく練習の邪魔もしてしまって申し訳ないです。私、先輩に迷惑かけてばかりですね……」

 先輩の優しさが胸に沁みる。なんで先輩はこんなに底抜けの優しさをくれるんだろう。私がもらってばかりな気がする。申し訳なくて下げた顔を上げさせるように「みょうじだから」と先輩が私の名前を口にしてみせた。

「えっ?」
「みょうじだから心配するし、迷惑だなんて思わない。俺がそうしたくてしてるんだから」
「私だから……ですか?」
「ふっ、変な顔。とにかく、俺が自発的にしてることだから。みょうじがそんなに申し訳ないって思う必要なんてないよ」

 私が、先輩に惚れてるんだよね? 先輩が、私に、じゃなくて。そんな勘違いをしてしまいそうになるくらい、先輩はたくさんの甘い気持ちをくれる。もし、先輩が前に言ってたみたいに嫌じゃないって思ってくれるなら。私もお返ししたい。

「先輩、」
「うん?」
「私、先輩のおかげで毎日が楽しくなったんです。何か嫌なことがあっても、部活に行けばみんなに、先輩に会えるって思ったら、頑張ろうって思えるんです。先輩の一言で気持ちが浮いたり沈んだりする。私の生活が先輩を中心にまわるようになったんです。でも、それが凄く楽しい。先輩、私と出会ってくれて、本当にありがとうございます」

 今、私が思ってることがちゃんと伝わるように精一杯の言葉を紡ぐ。きちんと伝わったかは分からないけど。「俺のこと褒め殺す気?」と悪戯に笑ってみせる顔が優しい顔つきだったから、多分、大丈夫。私の気持ちはちゃんと伝わってる。
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