独占欲
「俺の誕生日! 今月の20日!!」
「もうそれ何百回と聞いたわ」
「何回でも聞け!」
「ハイハイ、おめでとう」
「ちっがう!! 俺が求めてるのは! そういうヤツじゃない!!」

 木兎先輩の言葉は大抵流される。それはもう私にとっても慣れた光景となっている。今回はどんな内容かと言うと、「なまえちゃん! 俺の誕生日!」と自身の誕生日をアピールするもの。確かに、私も既に何十回と聞かされた言葉だ。先輩達が聞き流すのも正直仕方ないと思う。

「9月20日ですよね」
「そー! ハツカだ! ハツカ!」

 ニカッと笑う木兎先輩に少し苦笑気味の笑顔を返す。そのやり取りをしている間にも他の部員はもう良いだろうと練習へと取り組み始める。冷めた様子なのが嫌なのか、木兎先輩はまだ不満げな声をあげ続ける。

「えー! ほらぁ! もっとさぁ! こう……お祝いとか? 前夜祭的なのしてさ、俺の誕生日にはパーッとパーティーしてさ! そういうの! そういうのが良いの!!」
「無理ですよ、木兎さん。今月は文化祭もあるんですから。練習に文化祭準備に、木兎さんのお祝いまでしている余裕、ウチにはありません」
「あかーしぃ! 身も蓋もないっ!」
「そんな言葉よく知ってましたね」
「今日教えてもらった!!」
「そうですか。凄いですね。では、練習始めましょう」
「ちぇ。俺の誕生日だぞ? 俺が、生まれた日だぞ……? ちょっとくらい祝ってくれたって良いじゃんか……。春高に向けて頑張ってるんだしさぁ……」

 しょぼくれながらも練習を始める木兎先輩。なんだかちょっとだけ可哀想な気がしなくもないかも……?

「あーしょぼくれちゃった」
「でも自分の誕生日をあれだけワクワクしてる男子も、もうそんなに居ないよねぇ〜」
「確かに。木兎は精神年齢が小学生だから」
「あの、本当に何もしない感じですか? なんか木兎先輩見てたら可哀想になってきちゃいました」
「ほんとに何もしないと、木兎がマジでしょぼくれちゃうし。結局毎年何かしらプレゼント準備しちゃうんだよね」
「でもさすがにどっか食べに行くのは無理だし。今年も何か買うとかで良いかな〜?」
「だね。木兎のバレー用具すぐボロくなるから、そういう系プレゼントする?」
「良いかも〜!」

 かおり先輩達の話に「じゃあ、私の家の近くにショッピングセンターがあるので、買い出し任せてもらっても良いですか?」と名乗りを上げる。私にとって木兎先輩の誕生日は初めてだ。だったら私が買い出しをしてお祝いしてあげたい。

「良いの〜?」
「はい! チームを盛り上げてくれる木兎先輩にお礼したいし。是非行かせて下さい」
「ありがとう! じゃあお願い」
「なまえちゃんを“木兎をビックリ喜ばせよう係”に任命しま〜す」
「あはは! 雪絵ってば、何ソレ」
「頑張ります!」

 来週の土曜日は部活が終わるの早かったはず。その日の帰りにでも寄って帰ろう。木兎先輩はどんなのが良いかな。家に帰ったらネットでリサーチしてみよう。



「どうしたの、みょうじ。バレー用具のサイトなんか見て」
「あっ、赤葦先輩」
「みょうじもプレー側に転向考えてるとか?」
「まさか!」

 まさか! と否定した言葉には「だよね」と割と早いタイミングで言葉を返された。先輩、今の言葉には“みょうじには無理だな”って感情が入ってませんか? じっと見つめ視線で問う疑問には何も返されず、「何か欲しいの?」と話を元に戻された。

「実は、木兎先輩にマネージャー3人でプレゼントを買おうと思ってて。それで、私がこないだ通ったショッピングセンターに来週の土曜日に寄って買う予定にしてるんです」
「ああ、なるほど」
「ネットで調べたんですけど結局どんなのが良いか分からないから、黒尾さんに相談してて。そしたら“このメーカーがオススメ”ってサイト送ってもらったところで」
「黒尾さん?」

 ピクリと先輩の眉が動く。画面を見つめていた視線がもう1度こちらを向き、目をジッと合わされる。なんだろう、何に反応したんだ?

「黒尾さんの連絡先、知ってるの?」
「え? はい。音駒合宿の時に。日向とか谷地さんとか、色んな人と交換しました」
「雀田さんや白福さんは分かるけど……。木兎さんとは?」
「こ、交換してます。だいぶ前に……」
「……クッソッ」
「先輩……?」

 木兎先輩達と連絡先を交換した事実を話すと小さく何かを呟く先輩。なんて言ったかが聞こえなくて、もう1度「先輩?」と声をかけると「みょうじ、携帯貸して」と何かを決めた顔をして自分の携帯を出してくる。言われた通り携帯を渡せば手早く作業を行う先輩によって私の連絡先に“赤葦京治”の4文字が登録された。お、恐れ多くて訊けなかった連絡先が遂に……! しかも向こうからやって来た……!

「俺が一緒に悩んであげるから。相談は俺にして」
「い、良いんですか?」
「土曜日の買い物も俺が一緒に行く」
「さ、さすがにそこまでは……」

 大体、木兎さんの好みなら俺の方が知っている――。その言葉には思わず確かにと頷きそうになる。けれど、買い出しに付き合うと言ってくれている日は練習がある日だ。赤葦先輩達はマネージャーより体を動かしてクタクタなはず。

「練習終わりで疲れてるだろうし」
「俺も木兎さんの誕生日を祝いたくて仕方がないんだ」
「さっきはあんなに適当だったのに……?」
「ツンデレってヤツです。祝いたくてしょうがないから、一緒に行かせて」
「わ、分かりました……」
「ありがとう。それと、バレー以外のことでも何かあったら俺に連絡して」
「……なんの用事もない時でも良いんですか?」
「勿論」
「ありがとうございます……!」

 先輩の真意は分からないけれど、聞きたくても恥ずかしくて、あと一歩が出せなかった先輩の連絡先が手に入ったことが嬉しい。それに、土曜日のプレゼント選びも一緒に行ってくれるって……これってデー……やめよう。そう考えると今から眠れなくなる。土曜日は買い物。そう、買い物。そう思おう。

「みょうじ、今から土曜日のこと考えてる?」
「っ! イエっ! は、ハイっ!」
「はは、楽しみだね」
「はい!」

 決まりだ、今日から私は眠れない。



「ん? なんだ、珍しいな」
「どうしたの?」
「んー? 赤葦から」
「なんて?」
「……あー、木兎の誕生日プレゼントは赤葦が一緒に考えるから、俺はお呼びじゃねえんだとよ」
「へぇ。クロが入る余地はなさそうだね?」
「だなぁ。俺がからかう為に入る隙間すら開けてくれねんだもん。赤葦ってコワイ子」
「他人の恋愛事情に首なんて突っ込むモンじゃないよ」
「だな。はー、大将といい赤葦といい……なんでこうも周りの奴らはどっちの青春も掴んでんのかねぇ。腹立つわぁ」
「余所は余所だよ」
「ウチはウチってか! まぁそうデスネ!! じゃあ今日も元気に俺はボールと恋人になりましょうかね!」






―ご無沙汰しています。赤葦です
―久々だな。どうかしたか?
―みょうじから木兎さんの誕生日プレゼントの件相談されてると思いますが、それはこちらで引き受けるので大丈夫です。ご迷惑をおかけするのも申し訳ないですし
―俺は別に迷惑なんて思ってねぇけどな
―いえ。大丈夫です
―大丈夫って、フツー俺が言うセリフじゃね?
―すみません、用件はそれだけです。では
―あかーしクンって、意外と独占欲あるのね
―ええ。誰にも入る隙間なんて与えたくないので

「ほーんと、独占欲の塊だわ。おっもしれぇ」
「クロ、顔、キモチワルイ。やめて」
「へいへーい」
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