loneliness romance

これのアナザー的話


「何見てんだー?」
「スガ。見て、あそこ」

 そう言ってみょうじが指さす先に居るのは大地だった。

「またやってる」
「あぁ、昼飯争奪戦か」
「今日はバスケ部と」
「大地、ああいうの張り合うもんなぁ」

 ほんとにね、と窓辺に体を預け、中庭をバスケ部の主将と競るようにして歩く大地を見つめるみょうじ。その視線は大地から揺らぐことはない。ただひたすらに、真っ直ぐ。大地だけを見つめている。

「みょうじって、大地に告白しねぇの?」
「……しない、かな」
「どうして」

 口角は上げたままだが、その瞳は憂いを孕む。

「澤村の邪魔をしたくない……っていうのと、私が、そういう気持ちで澤村に接してるっていうのを知られたくない。それでもし、今の関係が崩れるかもって思うと、怖いじゃん」

 意外とビビリなのよ、私。その笑顔はようやく俺に向けられた。でも、全然笑えてない。みょうじはそれで誤魔化せたと思っているのだろう。俺からしてみれば、溢れそうな気持ちを必死に押し込めているのが手に取るように分かる。歪んだ微笑み方に、そっちの方が笑えるぞと思うほど。

「それで良いのか?」
「良い。……今は。もし私が澤村に告白するとしたら、澤村がバレーをやりきったと思えた時だよ。それまでは友達のままで居るつもり」
「ふうん? でも、大地がおっちゃんになって、まだバレーやりきれてねぇって感じだったら、みょうじはずっと告白出来なくね?」
「ふっ。澤村なら有り得るのかもね」

 大地の事を考えた途端に力の籠った表情筋を緩ませるみょうじ。その笑顔は、とても良い表情だ。思わず見惚れるほどに。みょうじをそんな顔に出来るのは、他でもない、大地。ただ1人だけ。

「んな悠長なこと言ってっと、他の人に取られるかもだぞ〜」
「……別に、澤村は私のものじゃないし。てか、モノでもない」

 あぁ、また戻った。その顔は、可愛くない。

「変な意地だよな。ソレ」
「……意気地なしの意地、みたいな?」
「うん、そんな感じ」
「あはは。言えてるかも。でも、良いんだ。今はそれで。それが私なりの澤村の隣に居る方法だから」
「……まぁ、俺がこれを言って、どうなるとかでもねぇけど。頑張れよ、みょうじ」
「ありがとう、スガ」

 その笑顔は今、誰を想って浮かべた笑顔なのか。それは――

……いや、良い。これは、知らなくて良い事だ。そう自分に自制をかけ、俺もみょうじに倣って中庭のベンチで勝利の焼きそばパンを食らう大地を見て笑う。

「明日、ラーメン定食出る日だから、多分サッカー部と競争だろうね」
「だろうな。てか、ほぼ毎日競争してるよな。あれ、いつか絶対何かやらかすべ」
「非常ベルに激突とか?」
「マジでやったらどうする?」
「怒られてる姿動画撮って、後でバカにする」
「あはは、いいな。それ」
「でしょー? で、澤村に怒られるまでがセットね」
「うわ、有り得そー」

 ケラケラ笑うみょうじを横目で見ていると、飲み込むようにして焼きそばパンを口に迎え入れていた大地の目線も俺たちの居る階へと向いた。

「あ、こっちに気が付いた。澤村ー! 勝利のパンのお味はいかがですかー?」
「さいこぉーでーす!」
「あはは! 良かったでーす! 明日も頑張って下さーい!」

 口をモグモグさせながら、みょうじの声に親指を立てる大地。こっちも良い笑顔だ。

「次、移動だよね? 澤村迎え行って、そんまま行こうか」
「だな」
「じゃ、私澤村の教科書持ってくる」
「おう、頼む」

 俺の言葉にうん! と明るい返事を寄越し、窓辺から離れて教室へと入って行くみょうじ。その背中を見つめた後、教科書持って迎えに行くと伝える為に、もう1度大地に視線を向けた時、喉がひゅっと締まるのが分かった。

「……大地ー! 次の移動教室、みょうじと大地の教科書持ってそっち行くから。一緒に行くべー!」
「おう、スマン。助かる!」
「おー」

 なんだ、2人して。同じような顔浮かべやがって。直ぐに笑みを浮かべたけれど、その前に浮かべていた表情を、俺が見逃す筈もなく。まったく、2人して何やってんだか。

「あんま悠長なことやってっと、他の人に取られるぞ。……なんて」

 2人は知っているのだろうか。お前らが必死に隠しているその感情を、俺だって持っているという事を。……いや、多分知らないだろう。俺はあの2人以上にうまく隠している自信がある。それに、俺は2人が好きだ。その2人が同時に笑顔を浮かべる方法が俺の気持ちを隠す事で得られるものならば、俺はこの気持ちを墓場まで持って行くつもりだ。

 だから、この気持ちは俺だけが知っていれば良い。

BACK
- ナノ -