secret romance

 澤村は良いヤツだ。ずっと同じクラスで過ごしてきたから分かる。烏野がバレー強豪校というイメージを持って入学したのが約2年前。そして、その印象は今は少し違うものへと変わってしまっている。

――落ちた強豪 飛べない烏

 澤村が自分の部を言う時によく言っている言葉。だけど、それは決して卑下する為ではなく、そう揶揄された悔しさを忘れない為、見返す為の活力としているからだ。実際、それを口にする時の澤村の顔は屈していない。目も笑っていない。だけど、私はその表情がとても好きだった。だから、澤村と話す時は大抵バレーの話だったし、それは3年生になった今でも変わっていない。

「影山、アイツはやっぱすげぇ。それに合わせる日向も日向なんだけどな」
「へぇ、そうなんだ。そういえば、東京の高校と練習試合したんでしょ?」
「あぁ、武田先生が色々動いてくれたおかげでな。また縁を取り戻す事が出来たんだ」

 ほんのひと月前は毎日溜息ばかり吐いていたクセに、今となっては1年生の誰々のここが凄いとか、そういう自慢話ばかりになっている澤村のバレートークに口元が緩む。

「今年は本当に、チャンスの年なんだ」
「やっとって感じだね」

 だけど、その顔は何度か見たあの表情とはまた一味違う、これからが楽しみで仕方無いという表情で。その顔も好きだと思う。

 私は、澤村が好きだ。

 出来ればバレーによって変わる澤村の喜怒哀楽を隣で見ていたいと思う。叶うのならば、その隣に居れる権利だって欲しい。付き合いたいと思う。澤村の彼女になりたい。
それが邪な思いだという事だって分かってる。だから、それを口にするつもりは別に無い。澤村は今まで見てきた中で、今が1番バレーを楽しんでいる。その邪魔にはなりたくない。

「あ、てか澤村、」
「澤村くん。道宮さんが呼んでるよ〜」
「おう、分かった。悪い、みょうじ。ちょっと行ってくる」
「う、ん」

 そう思ってはいても、澤村が別の女子と話しているのを見るとモヤモヤと鈍い色が心を支配していく。それが、道宮さんなら尚のこと。道宮さんが澤村に好意を抱いているのは知っている。見ていれば分かる。分かっていないのは澤村だけだ。

 道宮さんの顔がパッと明るくなる。そして直ぐに弾けるような笑みを浮かべ、澤村にパンチを入れて颯爽と立ち去って行く。

「主将挨拶そろそろ考えないとだなぁ」
「今度の壮行式の?」
「そー。道宮に貰った紙見てんだけど、俺らはサッカー部の後、5番目だ」
「5番目ねぇ。私寝てるかも」
「おい」

 声を尖らせる澤村に表面では笑ってみせるけれど、その腹の中はどんな色をしているか。澤村には見られたくない。私は澤村の話を聞くことしか出来なくて、道宮さんは澤村と対等にバレーの話が出来る。そこに、どうしようもない劣等感を抱いていることなんて、知られたくない。勝ち負けじゃないって分かってるのに、中学から一緒に過ごしてきた道宮さんの想いに、負けたくないと思ってしまっている自分の滑稽さも全て。澤村だけには知られたくない。

 だから今日も私はこうして“澤村の友達”として居続ける。澤村の邪魔をしたくないのも本音だけど、正直に言うと、自分を守りたいという気持ちの方が本音としての割合は強い。私は、自分勝手で、醜いのだ。私の性根を知ったら澤村はきっと驚くのだろう。そんなの嫌だ。澤村には嫌われたくない。

「みょうじ、どうした?」
「ううん。何でもない。お腹空いたなぁーって思っただけ」

 隠しているつもりでも顔に滲み出ていたのだろう。暗くなった顔色に気が付かれてしまい、それを慌てて笑顔で上塗りする。人が良い澤村の事だから、誤魔化しのセリフも付け加えれば、それを鵜呑みしてくれる筈だ。

「まじか。さっき昼飯食ったばっかじゃねぇか」
「それね」
「ったく。授業中腹の虫鳴らされでもしたら俺まで腹減っちまうし。食堂行くべ。新発売のプリンあったろ。それ、食いに行くか」
「! 良いの!? やった!」

 ぱあっと明るくなった私の顔色に「おー。特別だからな」と笑い返してくれる澤村。プリンに反応したと思っているのだろう。本当は全然違うのに、澤村はそう思い込んでいる。でも、それで良い。澤村と一緒に食堂に行ける事、一緒にプリンが食べれる事、澤村の隣に居れる事。それらを嬉しいと思っている私の気持ちに、澤村は気が付かなくて良い。

「クリーム入りのにするか?」
「そっちのが20円高いけど良いの?」
「仕方ねぇな」
「わーい! やった! ありがと、澤村!」

 だけど、いつか。ほんの少しだけで良い。この想いが届くことがあれば。それだけで良いと受け入れてみせるから。

「うまいか?」
「うん! 美味しい!」
「なら良かった」

 だから今はせめて、友達として側に居させて。

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