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はじめは研磨が中学3年生
日向との会話は捏造有


 ゲーム機のスイッチを押す。それだけで心はワクワクと浮かれだす。そこに電子音のメロディーが加われば、俺はその時点で勇者になれた。

 今日は卒業式の練習で放課後も時間を取られてしまった。卒業式の練習なんて、別に良いのに。前日に流れを確認するくらいで良い。あんな何日もかけて歌の練習なんかしなくて良いのに。

 今日1日のイベントを頭で思い返しては、ケチをつけていく。しかしそれもこのゲームが起動するまでの短い時間だ。直ぐに“冒険をする”のボタンが浮き上がってくるのでそれを選択する。これでもう現実世界とおさらばだ。

「……今日も居る」

 カチカチと操作すると、オンラインモードの画面に切り替わる。その中でも近場に居る人を表示させるとそのリストの中になまえの名前がある。ここ最近、俺がログインする度に見かける名前だった。
 このゲームには通信機能が備わっている。オンライン状態の場合、通常よりも強い敵が現れ、協力申請した人とチームを組んで倒すと、いつもよりも報酬が多く貰えるルールだ。だけど、俺自身、ゲームの世界でも人とつるむのは好きじゃない。1人でコツコツとレベル上げをするのが好きだった。でも、1度間違ってオンライン状態ままゲームを行っていた事があった。その時、あるプレーヤーから協力申請が届いた。それがなまえ。レベルは俺とは歴然の差があったし、拒否ろうかと思ったが、“レベルを早く上げたいので力を貸して下さい。”というメッセージを見て、俺はなんとなく申請許可のボタンを押した。それが始まり。

「ケンマくん! こんばんは」
「いつも居るね」

 あの日から俺はなまえと一緒に何体もの敵を倒した。初めのうちは上手く操作出来ないなまえにイラつく気持ちもあったけれど、なまえは直ぐに上達していったし、連携して敵を倒せた時はクロと1人時間差の連携が上手く行った時の様な嬉しさを感じたのを覚えている。そうして気が付くと、俺は1日の終わりに必ずこのゲームに来て、そこに居るなまえとオンライン上でやり取りするのが日課になっていた。

「だってここに居る時が1番楽しいんだもん。距離とか、そんなの全然気にしなくて良いから」

 なまえの言葉は良く分からなかったけど、“楽しい”と思うのは俺も同感だ。そう思っていると画面が“敵と遭遇”とイベント発生を知らせる画面へと切り替わる。そのワードはなまえと俺の心を躍らせるには十分だ。

「ケンマくん、今日もよろしく」
「うん。よろしく」

 こうして俺は毎日をなまえとのゲームをする時間を楽しみに過ごしていた。



「今日もケンマくんには助けられてばっかりだったね。ありがとう」
「なまえも強くなってるよ」
「ほんと? それは嬉しいなぁ」
「ねぇ、」
「ん?」
「俺となまえって近くに居るんだよね?」
「そう、だね。多分」

 別に会いたいとかそんなんじゃない。ただ単純に気になっただけだった。近場に居るプレーヤーの中になまえが居るのだから、多分俺となまえは同じ区内には居るのだろう。もしかしたら、何度かすれ違った事があるのかもしれない。

「……卒業式とか、無くていいのにね」
「それは俺も同感。仰々しく送り出されたくはないかな」
「ね。……本当に」
「うん」
「今日はもう遅いから止めようか」
「そうだね」
「ケンマくん。……ありがとう」

 なまえの様子がどこかおかしい気もしていたけれど、既になまえとの通信は途絶えてしまっていた。まぁ良い。また明日聞けばいいかとその時は思った。それなのに。

「あれ?」

 その日からなまえは姿を現さなくなった。大抵俺よりも先に居るなまえが居ない。もしかしたら遅れてくるのかも、そう思って暫くはオンラインにしていたけれど、なまえは現れなかった。その日から何度も何度も近場のプレーヤを覗いてはなまえの名前が無い事を確認する日々が続いた。結局、中学校を卒業して春休みに入った頃には前みたいに1人でプレーするようになっていた。



 高校に入ってからは猫又監督が顧問をしている事もあって、高校のバレー部に所属した。前みたいにゲーム機に付きっ切りという事は出来なくなったけど、それでもどうにか隙間を縫ってはゲーム機に触れている。今では他のゲームをする事も増えたけど、それでも時々あのゲームをセットしては近場のプレーヤーを見てみたりする。……結果はもう何ヶ月も変わっていない。もう、止めようかな。そう溜息を吐くと頭上から「なぁ。孤爪だっけ? お前」威圧的な声が振り落とされ、俺は体を硬直させる。

「……ナニ」
「お前ゲーマーなんだろ? 俺最近そのゲーム始めてさぁ。やり方どうやんだ?」
「えっと……」

 たどたどしく言葉を紡ぐ俺の言葉を目の前のパリピ野郎はふんふん、と興味深そうに耳を傾ける。その姿からは悪意は感じなかったけど、俺の心はどんどん曇っていった。…俺のバーチャル世界にまで顔を出してこないで欲しい。こんな所にまで現実の人間が介入してくるのが堪らなく嫌だと思った。ある種の縄張り意識のようなものだと俯瞰的に判断する。そして俺は、そういう争いを面倒臭いと思う質なので、自分がそっとこの縄張りから抜ける事を決意した。もうこのゲームはだいぶやり込んだし、なまえも居ない。もう、良い。ゲームオーバーだ。1つのゲームを終えてしまった時の寂しさを感じている時、ふと思い立つ。
 俺は何であの時なまえに現実世界での距離を測るような事を聞いたのだろうか。ただ単純に気になった、とあの時は思ったけれど、普通だったらそんな事考えもしない筈なのに。……そして、もしかしたらなまえはそんな事を聞いた俺が嫌になって、今の俺と同じようにそっと姿をくらませたんじゃないだろうか。だとしたら、俺はあの時、なんて事をしてしまったんだろう。後悔しても、やり直せない。こればかりはコンティニューを選べない。……あぁ、もう良いや。どうせもう、遅いのだから。



 あれからあのゲームにはログインしていない。それでも、あのゲーム機は何故か手放せずに、いつも持ち歩いている。それは遠征先でも変わらなかった。無駄だって事は分かっているのに。どうしてもある筈のないコンティニューボタンを探してしまうのだ。もう俺も高2になったっていうのに。あれから1年以上が経つのに。随分と諦めの悪い事をしているとは分かっているのに。

「おい、研磨。余所見してっとはぐれるぞ」
「うん、分かってる」

 ついさっき交わしたクロとの会話。それはどれくらい前だったか、良く思い出せない。ゲームに集中していると、時間なんてあっという間に過ぎてしまう。そこが魅力なんだから、仕方が無いのだけれど、さすがに遠征先の宮城でやらかすと、ちょっと焦る。

 ここは一体どこなんだろう。目の前に広がっている見たこのない風景に、少しだけ冒険心が擽られるけれど、スマホを震わすクロからのラインに、その心を抑えて自分の位置情報を送る。“そこに居ろ”と言われてしまったので、近くの塀に腰を下ろしてクロの到着を待つ事にする。
 待ち時間は絶好のゲームタイムだ。スッとスマホを構えた時に、鞄の中に眠るゲーム機が視界に映る。手に取って、久々にスイッチを入れたそれは、前と変わらないメロディーを溢れ出す。それなのに、あの時感じていたワクワク感とはちょっと違う、緊張感が身を包む。……どうせ、居ない。そう思っているのに、どうしてもなまえの名前を探してしまう。

「……そんな訳ないか」

 分かっているのに毎回味わう敗北感に似た感情。なまえは、ここじゃないどこかに居場所を見つけたのだろうか。それなら、それで別に良い。なのに、どうして。自分の感情が良く分からない。あぁ、もう良い。コンティニューを押しさえ出来ない自分の状況を投げ出したくなって、ゲームの電源を切り鞄に投げ込む。そうしていつも自分が暇つぶしにしているスマホゲームへと切り替えた時。

「何してんの〜〜」

 遠くからそんな声が聞こえ、その声は俺の元で止まる。

「それ面白い??」
「えっうーん……別に……コレは……ただの暇潰しだし……」
「ふーん……」
「うん……」

 突然やって来たオレンジ色の髪のその男は矢継ぎ早に質問をぶつけてくる。なんだか、初対面の相手に臆せず話しかける感じがなまえに似ている。そんな事を思っていると、その男は“日向翔陽”と名乗って来た。どうやら俺の鞄から見えたバレーシューズを見て仲間だと認識したらしい。そんな翔陽に気圧されるように“孤爪研磨”と自分の名前を名乗ると、翔陽はさらに気を良くして尚も俺に話しかけ続ける。主にバレーに関する事だったけど、俺の鞄にあるゲーム機を見つけると翔陽の話題が初めてバレーから逸れる。

「あっ、そのゲーム俺も持ってる! なんかオンラインで仲間と協力出来るんだろ!?」
「……うん、そうだよ」
「俺、友達から借りてるんだけど、全然使い方分かんなくて……。友達に教えて貰いながらやってる!」
「へぇ、そうなんだ」

 昔、俺も良くなまえにコツ教えてたっけ。

「研磨もそのゲーム好きなら会わせてやりたいなぁ……! なまえって言うんだけど」
「……なまえ?」

 その名前を聞いた瞬間、俺のスマホを操作する手が止まる。なまえって……。もしかして。

「ね、翔陽。そのなまえって子、もしかして東京から引っ越してきた?」
「あぁ! そういえば! 高校から親の都合でこっちだって言ってた気がする!」
「……そっか。……そう、」
「?? どうした? 研磨?」
「ううん、何でもない」
「研磨!」

 そこまで話した所でクロのお迎えが来る。

「翔陽、これを貸してくれた子に言っといて。“ケンマ”はまだ居るよって。――じゃあまたね、翔陽」

 翔陽は俺の言葉をイマイチ理解していない様子で手を振っていた。俺はこれから烏野と練習試合をする。その為にここにやって来た。だから、翔陽とはまた会う事が確約されている。

 見つけた。やっと、やっとだ。押せないと思っていたコンティニューボタンがようやく目の前に現れてくれた。その事が今までやり込んできたどのゲームよりも心をワクワクさせた。

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