another end

全体的に設定捏造


 ゲームはそんなに好きじゃなかった。ただ、今自分が置かれている現実から逃げられればそれで良かった。
 だから親が「何か欲しいものある?」と聞いた時、別に欲しくも無いゲーム機をねだった。ゲームをしていれば嫌なことも全部忘れられそうだったから。

 買って貰ったゲームは自分がプレーヤーを操って敵を倒すという定番のもので、はじめは何の気なしにやっていた。なのに、気が付けば私はそのゲームを“楽しい”と思うようになり、“もっと強くなりたい”と思いだした。
 でも、それまで私はゲームには触れずに日々を過ごしていたから、バーチャル世界そのものに対して素人だった。それでも、このゲームをもっと楽しみたい。そう思っていた時、ゲームに搭載されていたオンラインモードを見つけ、そのモードを入れてみた。なんでもこのモードにしていると経験値がいつもより多く貰えるらしかった。近くに居るプレーヤーを見てみると、そこに“ケンマ”というプレーヤーが表示され、私なんかじゃ足元にも及ばないレベルに達していた。この人が良い。そう思った私は、直ぐにその人に協力申請とメッセージを送ると、ケンマくんはその申請を許可してくれた。

「ケンマくん! こんばんは」
「いつも居るね」

 ケンマくんが私に“いつも居る”と指摘してくる。それは事実だった。私は急に鮮やかさを失ってしまった日常に居るので嫌で、唯一楽しいと思えるゲームに多く時間を割きたいと思っていたからだ。

「だってここに居る時が1番楽しいんだもん。距離とか、そんなの全然気にしなくて良いから」

 ここに居れば現実世界を忘れられる。そう思っていたのに、つい現実世界での話を持ち出してしまう。……あぁ、自分で興ざめするような事を言ってしまうなんて。せっかくケンマくんと遊んでいるのに。勿体無い。沈みかけた気持ちを攫うように、画面上に“敵と遭遇”とメッセージが表示される。

「ケンマくん、今日もよろしく」
「うん。よろしく」

 そのワード1つで私とケンマくんの心は踊りだす。あぁ、楽しい。ずっと、このままずっとこの時間が終わらなければ良いのに。そんな夢みたいな事を思った。



 親の都合で宮城に引っ越すと聞いたのは、11月に入ったばかりの頃だった。なんでそんな急に、と詰め寄りたくもなったが、親には親の理由がある。それを理解出来ない程私もバカじゃなかった。だから、私は何も言わずに引っ越し先の近くにある烏野高校を受ける手配を取り、準備をした。
 烏野高校は偏差値的に、難易度は高くは無い高校のようだった。元々、勉強はそこまで苦手じゃ無かったし、試験に関してはそこまでの不安は無かった。ただ、生まれ育ったこの場所を急に手放さないといけないその事実が嫌だった。高校はこっちの高校に行くつもりだったし、友達と「一緒に音駒受けない?」なんて高校受験に関する話だって嬉々として話していた。それなのに、それが急に叶わないものとなってしまった。私にだって私の理由がある。それでも、それを誰にぶつけたら良いのか分からなくて、私は日に日に元気を失っていった。
 私が親を気遣う様に、親も私の事を気遣って、「何か欲しいものある?」と尋ねてきた。そこでねだったのがゲームだ。結果、そのゲームが私を救ってくれた。そのゲームのおかげで、ケンマくんという新しい友達が出来た。それが日々の逃避であり、救いだった。



「俺となまえって近くに居るんだよね?」
「そう、だね。多分」

 もう引っ越しが目の前に迫っていたある日、ケンマくんがそんな事を聞いてきた。分かっていた。私とケンマくんが繋がれたのは、バーチャル世界だったけど、それも私とケンマくんの実際の距離が近いからこそ出会えたという事は。遠くの距離だったら出会えなかった人。ここでも結局距離が邪魔をする。……そして、私が宮城に行けばケンマくんとももう会えない事も。頭のどこかではちゃんと理解している。ただそれを認識したくなくて、濁していただけだ。だけど、ケンマくんによってその認識をハッキリと突き付けられた気分だった。
 私がこのままずっと東京に居ればケンマくんと近くに居れたのに。もしかしたら高校で出会えていたかもしれないのに。それももう叶わない。それを自覚してまう。
 自覚してしまったら、もう駄目だと思った。本当は残り少ない仮想空間を、ケンマくんと少しでも長く居れる時間を味わっていたかった。でも、もう終わりを認識してしまったから。これ以上は辛くなるだけだ。

「卒業式とか、無くていいのにね」

 卒業式を終えたその足で宮城に発つ事が決まっていた。

「……それは俺も同感。仰々しく送り出されたくはないかな」

 卒業式ではそれまでの日々を当たり前に一緒に過ごした友達との最後の時間になる。クラスの皆が「卒業式が終わったら、なまえのお別れ会もちゃんとしよう」言ってくれている。……そんな事、してくれなくて良い。私は離れたくないのだから。1人対数人にされた様な、切り離された様な気がしてしまうから。

「ケンマくん。……ありがとう」

 だから私はせめてケンマくんとは“お別れ”はしたくなくて、その日を最後にゲームの世界から姿を消した。最後にありがとうだけでも伝えられたんだから。これで、良い。ゲームオーバーだ。



 烏野高校に入学して暫くは東京の皆が忘れられなくて、毎日がどんよりと沈んだ日々だった。だけど、SNSを通じて東京の友達とも繋がりは保てていたし、こっちはこっちで良い人達だらけで、私の気持ちも、生活も段々と彩りを取り戻していった。住めば都、なんだと思う。……ケンマくんは今頃どうしてるんだろう。元気だと良いな。他の友達とは何度でもSNSを使って繋がれるのに、ケンマくんとはもう繋がれない。ゲームだったら何度でも“もう1度”が選択出来たけど、ケンマくんとは“もう1度”が無い。その事だけは、こっちに来て1年が経った今でも何度も私の心に寂しさを上書きさせていた。会いたい。1度も会った事は無いけれど、もしも叶うのならケンマくんに会いたい。東京に居た時に、近くに居た時に会いに行っていれば。そんな後悔はした所で、もう既に遅いのだけど。

「なぁ、なまえって研磨と知り合い?」
「……研磨? けんま……えっ」

 それは思いがけない人物から出た思いがけない言葉だった。日向くんがなんでその名前を……? 空耳かもしれない。そう思って「ケンマくん、だよね?」とこちらから聞き返すと、日向くんは「そう! 研磨!」と大きく頷いてみせる。

 日向くんは2年生になって、委員会で一緒になった1個下の後輩くんだ。初めましての時、日向くんは私の事を同い年だと勘違いしてタメ口で話しかけてきた。名前も、友達が私の事を下の名前で呼んでいるのを聞いてそのままなまえ呼びだった。私自身、上下関係とかあんまり気にしない質なので、私が1個上だと分かった時に土下座する勢いで謝ってきた日向くんを宥め、そのままにして貰っている。それに、せっかく友達になれたのに、先輩呼びをされて、敬語を使われると関係性が後退してしまう様に思えた。友達は大事だ。失いたくない。そんな思いがあったっていうのもあるけれど。

 そうして築き上げた日向くんとの交友関係のおかげで、日向くんに“夏ちゃん”という小学校低学年の妹が居る事、夏ちゃんの周りであのゲームが流行っている事、夏ちゃんはそれを欲しがっているけれど親が反対している事を日向くんの悩み事として聞いた。今ではすっかり使わなくなってしまったあのゲーム機を思い浮かべ、「じゃあ私の貸すよ」と言ったのがつい数週間前。夏ちゃんに貸すのと同時に日向くんもあのゲームにハマったらしく、委員会がある度に日向くんにゲームのコツを教えていた。……私も昔はケンマくんに教えて貰ったなぁ。なんて思いながら。

「音駒っていう東京にある高校の生徒なんだけど、こないだ遠征でこっち来てて。研磨もあのゲーム持ってた! で、その話になった時になまえの事話したら、なまえに“ケンマ”はまだ居るって伝えてくれって。それで意味分かる?」
「……日向くん。ケンマくんってどんな感じの子だった?」
「あれ? なまえは研磨と知り合いじゃないのか?」
「……ううん。知ってる。……ね、日向くんはケンマくんの連絡先知ってる?」
「おう! 友達だし、勿論知ってるぞ!」
「もし良かったら私の連絡先をケンマくんに伝えて欲しい。お願いしても良い?」
「うん! 分かった!」
「ありがとう。日向くん」
「なんのなんの、これくらい! ゲーム貸して貰ってるし!」

 日向くんの髪の毛がぴょこぴょこと跳ねている。その髪色がいつもより鮮やかな色として私の瞳に映る。まるでこれから始まる楽しい事を予感させるかの様な色だ。私の頭に“敵と遭遇”の画面が浮かぶ。あぁ、私の心はワクワクしている。心が躍っている。

* * *


今回はゲームの話だったのでこちらのページを隠しページ風にしてみました。
(簡単でしたかね…?)

なお、私自身ゲームに聡くないので、設定が稚拙な部分もあったかと思われます。それにも関わらず、こちらのページまで来て頂いて、そして最後まで読んで頂きありがとうございます。

恐らくこの後2人は無事に日向によってラインで繋がり、IDさえ知っていれば東京と宮城でもオンラインで繋がれる事を研磨から教えて貰っているのだと思います。

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