あの子にはなれない私の話

 高校2年生だった去年の夏にクラスの仲の良いメンバーで祭りに行った時だった。

「お前、射的の腕良いな。スナイパーになったら結構いいとこまで行くんじゃね?」

 メンバーの誰かがやりたいと言った射的で、私も1発だけ撃った弾。それを見た当真くんから言われた一言。確かに、自分でも結構良い射線を描いて景品を打ち倒したと思った。

「ボーダーって正隊員になったらお給料出るんだったよね?」
「みょうじ、ボーダーに興味出たのか?」

 その頃の私は自分の将来をまったくもって思い描いていなかった。もう勉強したくないし、就職かなぁ、とぼんやりと思ってはいたものの、何に就きたいかが決まっていなかった。そんな時、当真くんから放たれたスナイパーというワード。しかも当真くんは聞くところによると狙撃手ナンバーワンの腕前らしい。そんな彼から腕が良い、スナイパーとして大成するんじゃないかというお墨付きを貰えた。それが私を後押しした。そこから私は直ぐに入隊試験に臨み、仮入隊をし、そうして今年の1月に行われた入隊式によって、私は晴れてボーダー隊員となった。



「みょうじ、今回も20位圏内じゃん。やっぱ俺って見る目あるんだな」
「当真くんが色々教えてくれたおかげだよ」

 初めの方こそトリガーの使い方が分からなくて合同訓練では下から数えた方が早いくらいの位置だった。けれど、当真くんという凄腕スナイパーにコツを教えて貰ううちに要領が掴めて、ライフルの扱いが楽しいと思えるようになっていた。

「後は周りを良く見る事だけが課題だな。まぁでもこのままだと来週にはB級昇格すんじゃね?」
「そっか、B級か。これで私も正隊員になれるんだ」
「でもボーダー隊員として食っていくにはA級になんねぇとだけどな」
「そうなるとB級でチーム組まないといけないんだよね……」

 ボーダーに就職して、それで生計を立てていくにはA級になる必要がある。その為にはチームで勝ち上がらなければいけない。そして私にはチームを組む目星がついていない。当真くんが冬島隊にと誘ってはくれているものの、B級あがりたての私がA級2位のチームに入るなんてハードルが高すぎて断った。同じタイミングで昇格した人に声でもかけるかとぼんやりと思っていた頃。

「みょうじといったな。ちょっと良いか」

 次の週でも20位圏内に納まり、晴れてB級昇格が決まった日。私は二宮さんに声をかけられた。二宮さんが合同訓練終わりの私を訪ねてきたときは一体何事かと目を見張った。それまで一度も二宮さんとは話した事が無かったし、そんな人がなんで私を?そんな風に戸惑う私を他所に一緒に居た当真くんは「なるほどね、見る目があるのは俺だけじゃないって事だ」なんて一人納得して先に帰ってしまった。私を取り巻く2人がどういう思惑で話をしているのかが、全く分からなくて、とりあえず二宮さんの後を着いて行った。

「お前、うちに入らないか」

 連れてこられた二宮隊の一室に通され、椅子に腰かけるなり二宮さんからそう切り出される。続く話によると、二宮隊は所属していたメンバーが隊務規定違反を犯し、その隊員がクビになった事。そして、二宮隊はその責任をとってB級へと降格処分とされた事。そしてもう一度A級に昇格し、汚名返上したい事。その為に新たなスナイパーを探している、という事だった。

「お前のスナイパーとしての腕は見込みがある。俺の隊に来い」
「は、はぁ……」

 誘いというよりかは半ば強引な引き込みに近かったが、高圧的な物言いながらも私を認めてくれるような発言はやはり嬉しかった。それに、さすがにA級2位には入れないけれど、B級の上位なら、と思った。私の望みはあくまでもA級隊員として安定した収入を得る事だ。その為の段階は少ない方が良いに決まっている。そんな思いから私は二宮さんに誘われるがまま、二宮隊へと入隊を決めた。



「みょうじ、最近どうだ?」
「……全っ然ダメ。訓練とは訳が違う。B級を舐めてた」

 二宮隊に入隊してから数週間が経った頃。学校の廊下で出くわした当真くんに声をかけられ、ゲンナリとした口調で言葉を返すと「まぁ二宮隊だもんなぁ」と軽い口調で笑われてしまう。そして私は「二宮隊だもんな」という当真くんの言葉を痛いほど身をもって実感している。

 二宮隊は元々A級常連チームで、B級に降格した事自体が異例と呼べる事だった。そして、二宮隊に居た元スナイパーは狙撃技術はボーダー随一と呼ばれる程の人物で、二宮隊の勝利に大いに貢献していたらしい。そんな人物の後釜にB級に昇格したばかりの私が入ったとなると、それはもう鳴り物入りに等しかった。私のスキルはB級の世界ではまだまだで、ランク戦を何戦か重ねるうちに、私は二宮隊の穴として他のチームに狙われる事が多くなっていた。そんな私の事を犬飼くんや辻くんや亜季ちゃんは「B級に上がったばかりだから」と慰めてくれたけれど、私からしてみれば申し訳ない事この上なかった。A級昇格を目指しているのに、私のせいでその位置から遠ざかっていく。私が足を引っ張っている。そう思えば思うほどに、私の射撃はうまくいかない。もう負のスパイラルから抜け出せそうにないくらいに、こんがらがっていた。

「あそこ意識高いもんなぁ」
「と、いうか全員のレベルが高すぎる……」
「まぁでも大丈夫なんじゃね?」
「本当? 当真くんの見る目あるその目から見て、私は大丈夫に映ってる?」
「うーん、まぁ良く分からんけど。なんとなく。大丈夫だろ」
「えぇー……慰めになってない」
「まぁまぁ。今日も訓練に顔出すだろ?俺も付き合ってやるから」

 ボーダーに誘ったの当真くんなんだから、責任取ってよね。なんて八つ当たりに等しい言葉をぶつけながら当真くんと別れて自分のクラスに戻り、次の授業の教科書を準備する。だけど、私の頭の中はボーダーの事でいっぱいだ。このまま私が二宮隊に居て、本当に良いだんろうか。あの二宮隊長が直々に誘ってくれたのに、私は全然二宮隊に貢献出来ていない。そんな私の事を二宮隊長は疎ましく思っているんじゃないだろうか。犬飼くん達も今は優しくしてくれているけれど、このまま私がスナイパーとして役に立てない事が続いたら、反応が変わってくるんじゃないだろうか。そこまで考えて、ふっと息を吐く。考えれば考えるほど、泣きそうになる。ただ単に、生計が立てれればそれで良いと思っていたのに。現実はそう甘くない。



 二宮隊に入隊してから私はほぼ毎日トレーニングルームで射撃訓練をしている。現状を嘆くだけで何もしないなんて、二宮隊に相応しくない。何もしない人間の事を二宮隊長は嫌うだろうし。あの時に私の事を誘って良かったと思って貰いたい。その一心で学校が終わればその足で真っ先にボーダーへと足を向けている。

「わ、もうこんな時間」

 没頭していた練習。ふとスコープから顔を離し、時計を見上げると22:47を示していた。明日は防衛任務もあるし、今日はここまでで切り上げる事にする。ライフルをオフにして、訓練室の電気を消して作戦室へと戻る。

「え、二宮隊長?」

 作戦室に戻ると二宮隊長が椅子に座って書類を広げていた。驚いた。こんな時間だし、もう誰も残っていないと思っていたのに。

「まだいらっしゃったんですね」
「あぁ。報告書を作っていた。練習は終わったか?」
「はい。本当はもうちょっとしたいんですけど。明日は防衛任務あるから、今日は帰ります」
「そうか」

 私の言葉に頷きながらテキパキと机の上に広がる書類を片し、椅子にかけていたジャケットを羽織って作戦室の電気を消し、廊下へと出ていく二宮隊長。部屋の電気を消されて、慌てて私も廊下へと出ると直ぐに廊下を歩きだす隊長に、私は有無を言えない。二宮隊長の成すがままというように、私は二宮隊長の後を着いて歩く。



 エレベーターの中で私を待ってくれている隊長に「ありがとうございます、」とお礼を述べながら入った密室。あれ以来、この密室で何の言葉も交わさずに、ただただエレベーター特有の浮遊感を味わっている。

「……あの。二宮隊長。その、期待に応えれてなくて、すみません」

 沈黙に耐えられないのもあったけれど、私は突っかかっていた喉の詰まりを吐き出すように二宮隊長に言葉を向ける。

「せっかく見込みがあるって言ってくれたのに。……前に居たスナイパーの方に比べると、私なんか全然ですよね」
「他者と自分を比べて勝手に劣っていると決めるのはバカがする事だ」
「え?」
「現状で劣っていると思うのならば、努力をすれば良いだけだろう」
「そう、ですよね。……すみません」

 隊長は前をこちらを一切見ない。至極当然の事を言われているのに、心をグズリと鈍い音を立てて抉られた気がする。二宮隊長が辛辣な物言いをする事は当初から知っていたし、その言葉は高圧的だとしても、とても的を射ているという事も十分に理解している。だからこそ、私は二宮隊長の言葉に何も言い返せない。自分がバカで、そんなバカな自分が疎ましくて、嫌になる。……二宮隊に相応しいスナイパーになんてこの先一生無理なのかもしれない。……私は甘ったれた気持ちでボーダーに入った。そんな私が高レベルな戦いを繰り返してきた二宮隊の中に居るべきじゃないのかもしれない。せっかく隊長が誘ってくれたのに。

「俺は、既にみょうじはその努力をしていると思うが」
「……へ、」

 変な声が喉から鳴った。今しがた心の中で自分の事を責め続けていたのに。その言葉達を二宮隊長が一蹴するから。

「二宮隊に自分は相応しくない、とかそういう下らん事考えているんだろう」
「なんで……、」
「バカか。お前は」

 1階に私達を届けたエレベーターが役割を終えた事を知らせる音を鳴らす。ドアを開けたエレベーターから1歩外へと足を踏み出した隊長がそこで初めて私の方へと振り返る。

「俺が必要だと思ったからお前を隊に入れたんだ。相応しくない訳ないだろう。実際、みょうじは十分活躍している」
「隊長……」

 恐ろしくなった。自分以上に自分の事を認めてくれている人物が居るという事に。そして、その人物があの二宮隊長だという事に。

「早く降りろ。もう遅いんだ。さっさと帰るぞ」
「……はいっ」

 二宮隊長はずっと高圧的だ。いつでもハッキリと断言する。だけど私はその態度に何度嬉しくなって、何度救われたんだろう。私はこの人に認められたい。この人の為に、役に立ちたい。気が付けば、私の思いはボーダー隊員として生計を立てれればそれで良いと言った楽観的なものから、そんな思いに変わっていた。

next

BACK
- ナノ -