拒否を捨てろ

コレの続き

「お前、そこどけ」
「は?」
「そのバイク、誰のか分かってんのか?」
「いやお前こそなに? ウゼェんだけど」

 目の前で今にも殴りかかってきそうな剣幕をしている男。この金髪ツーブロはバイクに座っている私が気に喰わないようだが、私からしてみれば金髪の方が気に喰わない。急に話しかけてきたかと思えば命令口調でそこをどけと言う。誰のバイクか分かってるから座ってるんだろ。そんなことも分からねぇのか、コイツ。

「お前が座って良い場所じゃねぇんだよ」
「はぁ? つーかお前誰だよ」

 事情も知らず歯向かってくる金髪に私の苛々は増していく。ただでさえあのバカに待たされているというのに、こうやって絡まれると余計に怒りが増していく。昔からこの性格だ。そのせいで親友と一時的に関係が悪くなったこともある。それを止めてくれたのはこのバイクの持ち主。その点に関しては感謝しかないけれど、それにしても遅い。自分が呼び出したクセに一向に姿を現さないのはさすがに腹が立つ。来たら一発ぶん殴ってやる。

「おい! 聞いてんのか!?」
「あ!? 触んな!」

 金髪から腕を掴まれ、その手を振り払う。お互いに睨み合い、圭介の代わりにコイツを殴ってやるか? と怒りに行動を任せようとした時。「なんかおもしれぇことになってんじゃん」と呑気な声をあげて圭介が現れた。

「おい圭介! いつまで待たせてんだ!」

 やっと現れた圭介に声を荒げても圭介は「おう」と笑うだけ。コイツはいつになっても、どこに行っても変わらない。

「場地さん、コイツ!」
「あー、コイツ? コイツは俺の女」
「お、おんな!?」

 圭介の言葉を聞いて私に視線を向ける金髪。「んだよ?」と睨んでみるが、金髪からはさっきのような剣幕は見られない。分かり易く動揺している姿には笑いすら覚える。……コイツ、可愛いな。

「あぁ、つーわけで千冬。もしなまえに手ぇ出したらオメーでもぶっ潰すからな?」
「は、はい!」

 圭介はどうしてこんなことを簡単に言えてしまうのだろう。さっきまで姿を見せないことに苛立ちを覚えていたはずなのに、ようやく現れた本人になんの文句も言えなくなってしまう。そのままバイクに乗って「なまえ、乗れよ」とエンジンを吹かしだす圭介。……このままでは悔しい。

「おい! 遅れてきたクセになんの謝罪もなしかよ!? 折角ここまで来てやったんだぞ!?」
「あー?」

 私の必死の抗議を受け、圭介が少しだけ考えを巡らせたかと思いきや、ガッと首を掴みそのまま口を塞いでくる。……やり返した分、いやそれ以上にやり込んでくるのは卑怯だ。あの頃から何一つ勝てないことに今では悔しさと同じくらい愛おしさがこみ上げてくる。

 しかし今は私と圭介だけじゃない。そのことが自分たちが行っていることの恥ずかしさを強調させる。圭介の胸を押してみても離れることはない。それどころか強くなる腕の力。……もう、限界。

「け、すけっ」
「お前、ギブんのはや」
「うるっさい、早く出せ!」

 急いでバイクに乗って抱き着いて顔を隠す。さっきまであんなに威勢良かったクセに、圭介によって簡単に手懐けられるなんて、恥ずかしすぎる。なによりこの真っ赤な顔を見られるのは堪えられない。

「ったく、我儘だななまえは」
「うるさい!」
「じゃ、また明日な! 千冬」
「はい!」
「あ、それと。今日はコイツのこと可愛がってやんねぇとだから。電話してくんじゃねえぞ」
「え? あ。は、はい!」
「っ! 余計なこと言うんじゃねぇよ!」
「あ? 本当のことだろうが。可愛くねー」

 余計なこと言うなと本気で思った。だって普通そんなこと言わねぇだろ?それがどれだけ本当のことだったとしても。そんな気持ちと、圭介が“可愛くない”と言ったことに傷付いた気持ちとがない交ぜになって、圭介の後ろで泣きそうになった。



「なぁ。どうしたんだよ?」
「……別に」
「別にって顔じゃねぇけど。言えよ」

 千冬くんと別れ、本当に(嫌というほど)可愛がられた後、2人して横たわるベッドで圭介から顎を掴まれ顔を覗かれる。数ヶ月ぶりに会えた喜びも、こうして大事に優しく抱かれた後でもどうしても“可愛くない”と言われた傷が残っているなんて。本気じゃないと分かってもいるのに。私はどれだけ圭介に惚れてるんだろう。

「圭介が、私のこと可愛くないとか言うから」
「……ンなこと気にしてたのかよ?」
「うるせぇ! 私にとっちゃ一大事なんだよ! 悪いか?」
「お前、ほんと可愛いな」
「なっ……、」

 “可愛くない”と言った時に比べて何倍も重みがある。心の底から吐き出すような愛おしさを感じるのは気のせいじゃないハズ。頭を撫でてくれる圭介の首に腕をまわし、そのまま抱き着くとしっかりと受け止めてくれる。……あぁ、どうしよう。すっごく好きだ。

「学校変わって、会える回数減ったの、寂しい」
「おう」
「今だって、明日には圭介の居ない学校に行くんだと思ったら、離れたくない」
「おう」
「圭介が好き」
「おう」

 さっきから相槌ばかり。せっかく私が素直に気持ちを吐き出してるのに。圭介は少しくらい照れても良いと思う。私から好意を向けられることが当たり前とでも思っているのだろうか。圭介は全然こういうこと言ってくれないクセに。

「聞いてんの?」
「聞いてるよ。なまえは本当に俺のことが好きだよな」
「わ、悪い!?」
「いや、嬉しいぜ。そういうお前のこと、俺も好きだって思ってるよ」
「っ!」
「だからなまえ。これから先もずっと俺以外の女になんかなるなよ?」

 全く言葉をくれない人間のこういう言葉ほど、利くものはない。圭介はいつだって卑怯だ。命令口調のクセに、その言葉には抗えないのだから。

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