影ばかり伸びておいてけぼり

「アザ、どうしたんだ?」

 また派手に喧嘩でもしたんか? そう続けて楽しそうに笑う男に鼻を鳴らしそっぽを向く。女が傷を作って登校してきたというのに、笑みを浮かべる所が場地らしい。この男はこういう所がいちいち気に喰わない。不良だと煙たがられている私になんの感情も抱かず接してくる。もっとウザイとか、怖いとか、それこそ女のクセにとか言ってくれれば私から殴りかかる大義名分を得ることが出来るのに。

 喧嘩した所で敵わないなんてハナから分かっているから今まで喧嘩になったことはないけれど。

「で? どうしたんだよ?」
「は?」
「いや、なまえが顔に傷とか。よっぽど強ぇヤツだったんだろ? 相手」
「……別に。相手が男だっただけ」
「お前男相手に喧嘩売ったのか?さすがに馬鹿だろ」
「うるっせぇ! 場地に関係ねぇだろ!」

 それまで騒がしかった教室がシンと静まり返る。周りの生徒がこちらを窺うような視線になっているのが分かり、居心地の悪さから椅子を蹴って立ち上がり教室を出た。あぁムカツク。今更殴られた箇所がヒリヒリしだした。



「おい、もう学校終わったぞ」
「……だからなんだよ」
「ん」
「あ?」
「保健室からパクってきた」
「いや普通に貰ってこいよ……」

 折角登校したのに、そのほとんどを屋上で過ごすハメになった私のもとへその元凶が顔を覗かせる。その手には湿布を携えて。コイツは本当に何がしたいんだ。

「つーか、また喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩? してねぇよ?」
「じゃあその袖の血は何なんだよ」
「……あぁ。ボコった時に付いたんだろ」
「誰を」
「お前殴ったヤツ」
「……は?」

 場地の言っている意味が分からなくて勢い良く起き上がると「おう」と意味不明な返事を寄越してくる。いや“おう”じゃなくて。なんで場地が? てかどうして。

「お前が良くつるんでるヤツに訊いた」
「え……や、は?」
「お前の親友の彼氏、クソだな」
「っ、」
「ついでにその親友も」
「っ! お前っ!!」
「事実だろ。自分の為に怒ってくれたヤツよりも、自分を殴る彼氏を取ってんだから」
「……お前に何が分かんだよ」
「なんも」

 何も分からないのなら、関わってこないで欲しい。それならクラスの連中のように放っておいて欲しい。普段は傷を作っても笑うだけのクセに。どうして今回に限ってこんなにも深く入り込んでくるんだよ。マジでムカツク。

「っと。女とヤり合うつもりねぇよ」
「うるせぇ、私は場地のこと殴りてぇ」
「ハッ、無理無理。お前に俺は殴れねぇ」
「決めつけんな!」

 余裕な態度で笑う場地のせいで頭に血が上るのが分かった。その怒りに身を任せて拳を向けるといとも簡単に拳を受け止められ、そのまま至近距離で拘束されてしまう。「離せ」と言ってもきかない場地に睨みを向けても怯まない。どうあがいても抜け出せないこの状況は私の敗北と言って良かった。

「お前マジで何なんだよ……」
「ん?」
「私をどうしたいんだよ」
「どうって?」
「だから! 何がしてぇんだって訊いてんだよ!」

 場地の腕の中で場地の望みを聞き入れようとした。これはもうほぼ敗北宣言に近しい言葉なのに、場地は何度も聞き返して私にソレを何度も口にさせた。これを屈辱と呼ばずしてなんと呼ぶ?

「お前、カッケーよな」
「……は、はぁ?」
「仲間の為に一生懸命になれるヤツって良いよな」
「……その相手に裏切られてちゃ話になんねぇだろ」
「そうか? まぁお前の親友もいつか分かんだろ」
「?」
「お前のがあんなクソ男よりも何倍もカッケーってこと」
「っ、お前何言って……」

 さっきからやたらと褒めてくる場地にうまく言葉を返せない。売り言葉に買い言葉で言葉を交わしてきた相手にいつもと違う言葉を向けられてばかりで、こちらはタジタジだった。そんな私を場地はフッと笑い、私の側に落ちた湿布を取りあげ乱雑に封を開ける。

「俺はそういうヤツが好きでさ」
「は?」
「向こう見ずなヤツ見てっと放っておけねぇんだわ」
「……え、は?」
「だからなまえ。お前、俺の女になれ」
「は、はぁ!?」

 湿布を取り出し、私の頬にベタっと貼る場地。その行為も理解出来ず、貼られた湿布に思わず手をやる。乱雑な男にしては綺麗に貼ってくれたなぁと変な所に意識が行く。混乱している証拠だ。

「俺の側に居ろ」
「やっちょっ……、」
「なまえ」
「っ、」

 湿布を触る私の手に場地の手が重なる。その手が優しくて、柄にもなく心臓が跳ね上がる。……私、今、コイツのこと格好良いって思った? そんなまさか。

「俺、お前のこと好きみてぇ」
「なっ……」
「だから、俺と付き合え」

 こんな風に命令口調でされる告白、前代未聞だと思う。なのに、どうしてだか抗う気持ちが見出せない。……場地に対して私は何一つ勝てないのだと悟ると同時に少しだけ悔しい気持ちがこみ上げた。

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