願望と現実
※古我と布留川
誰?それ。と、聞かれた。心底、不思議そうな表情で。あんなに、好きだって言ってたのに。どうして、どうして?遊びでもなんでも、一緒にいられればいいと、言っていたのは。アンタだったのに。
「ほんとにおぼえてないんだけど」
「そう、なんだ」
言えば、顰め面が返ってくる。前までなら考えられない、反応。
あんなにあんなに、好きだと言って。私のコト、振ったくせに。記憶喪失って、なんなの。納得できない。
「林檎、食べる?うちで作ったんだけど、売り物にならないから、持ってきたんだ」
なんてね。売り物になるならないはともかく、お見舞いに手ぶらってどうなの、って親に持たされただけなんだけど。心の中でドロドロ渦巻くことは、外に出せない。だって、忘れてしまっているのだから。言ったところで、それは。なんの意味も持たない。できれば、思い出してほしいのに。嗚呼でも、忘れたままなら、私にも望みがあるのかも。
なんて、考える辺り、最低。
ありがとう。と、返してきた布留川はやっぱり、何か変だった。
思い出す限りでも、こんな笑みを向けてきたことはなかった。それは、有吉専用の笑みだったんでしょう?そう訊くことは、出来ない。
そんな笑み、向けてこられても私はあなたの、貴方が好きだった人ではないのだから。意味がない。無意味なことだ。
「いつ、退院できるの?」
「どうだろ。検査が後少しあるみたいで」
布留川の説明を聞きながら、有吉を思った。こうなることを、予想していた彼は、少なくとも本当にこうなって欲しいとは思っていなかったはずだ。ああ、でも。彼は結局、斎賀と一緒にいられるなら、どうでもいいのかもしれない。例えば、布留川が傷ついたとしても。自分を好きだと言ってきた相手が、自分の事だけを忘れてしまったとしても。斎賀が、傍にいてくれるなら他はどうでもいいのかもしれない。
「―――――、から。って、古我?」
「あ、ご、ごめん!聞いてなかった」
「………なんだそれ」
笑われる。やっぱりそれは、私に向けられていたものではなかった。
「―――早く、退院できるといいね」
「そうだな」
俺もそう思う。授業ついてけっかな。と、言った彼に、ノート、かしたげる。と、言えば、ありがとうと言われた。
無性に、泣きたくなった。
2012.10.29