君の罰、僕の罪。
※転入生→←同室者
何かがおかしい、と赤羽根が思ったのは唐突だった。もしかしたら、唐突じゃないのかもしれない。何がおかしいのかは分からない。ただ、赤羽根は気付いてしまった。
「…………泣きそう、だった、な」
先生に呼ばれているからもう行く。と言って、案内しようか。と言った赤羽根の言葉を断った芹沢の表情を、思い出す。泣き出しそうな、何かを堪えているような表情。
「うーん」
けれど、会うのは初めてのはずだ。と、思い直す。ただ、もしかしたら途中で書くことをやめてしまった日記があったはずだ。と、その事を想いだした赤羽根は、日記帳を探し始めた。
以前学生鞄の中に入れておいたはずの日記は、其処にない。いつ頃から書いていないんだっけ。そんなことを考えながら、赤羽根は日記帳を探す。
「あった」
暫くして見つけだした日記帳は、鍵のかかった机の引き出しの中にあった。ふと、時計を見ればすでに授業が始まっている時間だった。もう今日は行かなくていいか。と思い、ぱらり、と日記帳のページを、赤羽根は捲り始めた。
◆◆◆(どうして、なんで、いったい、)
日記帳の最後の日付は、一ヶ月半前のものだった。
「芹沢くんが、転入してきたのは、三ヶ月、前?」
何故彼は、昨日来た。と、言ったのだろうか。日記は一ヶ月前から途切れているため、その日から今日まで、その間何があったのかは、解らない。
「――――――――、」
―――――今日、転入生が来た。いきなり名前を呼ばれて、少し困った。けど、悪い人ではないんだと思う。
三ヶ月前の日付には、確かにそう書かれていた。
―――――今日、下駄箱に悪戯されていた。彼は怒っていた。生徒会のメンバーも、親衛隊も。どうにかして彼から離れられないだろうか、
―――――生徒会で仕事をしているのは、あの人だけらしい。大丈夫かな、少しだけ心配。けど、きっと大丈夫。今日は、親衛隊に呼び出された。忠告、だって。僕だって、離れられるなら離れたい。彼とか、生徒会とか、あんまり、好きじゃない。おかしいな。最初は多分、好き、な方だったはずなのに
―――――もういやだ。どうして僕がこんな目に合わなきゃいけないんだろう。彼がいない時が、一番怖い。彼がいても、彼から見えない場所で、僕は
―――――今日も、親衛隊に呼び出された。僕じゃなくて、あの子を呼び出してほしい。僕だって、離れたい。そう言ったのに、きいてもらえない。どうして?
つらつらと、淡々と。ところどころ、ページには涙の零れた後が残っている。
―――――全部、忘れられたらいいのに。あの子が来なければ、あの子が同室にならなければ。そんなことを思ってる自分が嫌い。けど、もしも忘れられるなら、だけど、きっと無理だと思う。こんなことばかり書いても楽しくないから、今日で日記はおしまいにしよう。
最後のページには、そう書かれていた。
「……………なんで、」
ふらふらと、リビングに戻ると、玄関の扉が開く音が聞こえた。
「あれ」
「………芹沢、くん」
驚いた様に目を見開いた後、ホッとしたかのように息を吐いた芹沢を、赤羽根は呆然と見つめる。赤羽根の手には、先程まで読んでいた日記帳があった。
「………、顔色、悪いけど、大丈夫?」
「どうして、」
「赤羽根?」
思わず、そう言っていた赤羽根を、不思議そうに、心配そうに芹沢は見た。
「芹沢くんは、三ヶ月前から、ここに、この部屋に、いたの?」
瞬間、芹沢は目を見開いた。
「―――――うん、そう」
「僕は……、僕が、君の事を、忘れてた、ってこと?」
「―――――――――うん」
俺が悪いんだ。と、赤羽根の言葉に答えた後、芹沢は言った。
「全部、俺が悪いんだ」
「え………」
「俺が、悪かったんだ」
何も、知らなかったから。知ろうと、してなかったから。周りを随分、傷つけた。赤羽根の、ことも。
なんとなく、芹沢に苗字で呼ばれるのは違和感がある、と、赤羽根は思った
「そういえば、今日はまだ、会長にメール、してなかったみたいだけど」
随分迷った様子の後、芹沢にそう言われ、赤羽根は不思議に思いながら、彼を見た。
「何もなくて、良かった」
「何もなくて、良かった?」
安心したかのように、その場にしゃがみこんだ芹沢を、赤羽根は不思議そうに見る。
「こっちの話」
「………………、」
「ごめん。混乱した?」
「ぇ、と…」
「赤羽根は、俺のせいで、傷ついて。俺の事だけ、忘れるようになったんだ」
「…………」
静かに言う芹沢の姿に、何かがダブって見えた。赤羽根は体を強張らせて、一瞬、目を閉じた後、もう一度芹沢を見た。
今の芹沢は綺麗な栗色の髪をしている。さっきダブって見えた姿は、黒髪の清潔感のない髪型に、黒縁のメガネをかけていたような気がする。
そんなことを思いながら、赤羽根は芹沢を見つめる。
「だけど、罰、だから」
「…………、罰?」
「うん」
罰。と、そう、静かに言う芹沢を見て、赤羽根の心が少し、痛んだ。
「何回、赤羽根が俺の事を忘れても、俺は、怒れない。何も、言えない」
ただ、同じことを、繰り返すだけ。
(彼は傷ついている。きっと、傷つけているのは、僕だ)
赤羽根は思い、そう思った瞬間、酷く泣きたい気分になった。視界が滲む。
「らいと!?」
「――――――――っ、」
ぽろり。と、赤羽根の瞳から雫が落ちた。この声を、知っていた。赤羽根と呼ばれることに違和感があったのは、そのせいだったのか、と、赤羽根は思った。
「ご、め…っ」
途端、何かに気付いて謝った芹沢に、謝らなくていいのだと、伝えようと赤羽根は口を開いた。開いたものの、口からはただ、嗚咽が漏れるだけで、声にはならなかった。突然、赤羽根の意識は途切れる。
「らいとっ」
大丈夫、今度目覚めた時は、これから、目覚めるときは、忘れないから。だから、そんな顔、しないで。滲む視界で、泣き出しそうな芹沢の顔を見ながら、意識を失う直前、赤羽根はそう思った。
end.
2011.09.20