俺の罰、君の罪。
※転入生→←同室者
過去に戻れるなら、戻ってすべてを一からやり直したい。
芹沢勇気はそう思う。
「え、と、なんで君、僕の部屋にいるの、かなぁ?」
彼のその言葉を聞くたびに、芹沢は言いようのない罪悪感に駆られる。
「俺、の、部屋でもあるから」
「あ、もしかして、転入生?」
「うん、そう」
「そっかあ。名前は?」
以前ならば常に大きな声で、名前を聞かれた時には自分から名乗れ。と言っていた芹沢は、落ち着いた声で静かに、受け答えをする。
「芹沢勇気」
「芹沢くん、ね。僕の名前は赤羽根らいと」
よろしく。そう言ってふわりと笑った赤羽根に、芹沢もよろしく。と、返した。
以前ならば即座に下の名前で呼んでいたが、今の芹沢はそれをしない。自分の事を下の名で呼べという強要も、しない。無難に、赤羽根、と苗字で呼んだ。
「昨日の夜に来たの?」
「ん。そう。いろいろあって着いたのは夜。挨拶、遅くなってごめんな」
「ううん、良いよ」
でも、そっかあ。今の時期に転入なんて、珍しいね。と、赤羽根は笑った。
◆◆◆赤羽根は芹沢関係で嫌なことがあると、翌日の朝に見事に彼の事だけを忘れるようになった。彼の中で、時間だけはちゃんと、進んでいる。ただ、その時間経過の中に、芹沢は含まれていない。芹沢に関する事柄だけが、すっぽりと抜け落ちている。
朝、赤羽根が起きてくるたびに、芹沢は彼が自分の事を忘れているのではないかという不安に駆られる。そうして、自分を覚えていることが分かると、安堵する。
「また、忘れられたのか」
放課後。芹沢は生徒会室に来ていた。
生徒会長である加賀美に話しかけられ、書類を手にしながら、頷く。
芹沢は三ヶ月前にこの学園に転入してきた。大きな声で自分の主張ばかりを通そうとし、結果として学園は荒れ、同室者である赤羽根のことも、知らず、傷つけていた。それに気付き、気付いて、なおそうと思った時には、すべてが遅かった。
『君のせいで、なにもかも、滅茶苦茶。もう全部、忘れたい―――――』
そう言って涙を流して、気を失った、全身傷だらけの赤羽根の姿を思い出して、芹沢は唇をかみしめた。ただ、好きなだけだった。自分が好きになれば相手も好きになるのだと、思い込んでいた過去の自分を殴りたい。と仕事をしながら芹沢は思う。
それが、一ヶ月前。
それからは、ほぼ毎日、翌朝になると何故この部屋にいるのか。と、聞かれることとなった。
最初の内はどうして覚えていないんだ、と赤羽根を怒鳴りつけていたものの、ある時、彼が忘れているのは自分の事だけなのだということに気付いた。現に、芹沢についてきていた今はもういない取り巻きを見て、なんで○○さまが?と、不思議そうにしていた。一体何がどうなっているのか。器用な事に彼は、芹沢の事だけをすっかり、忘れてしまうようだった。
「これは、罰なんだ」
芹沢は呟く。
全部忘れたい。そう言った彼が、忘れるのを自分の事だけにとどめた理由は分からない。ただ、その事に気付いてから、芹沢は変わろうと思った。唐突に、突然に。落ち着いて、周りを見るよう、心がけるようになった。もしかしたら、赤羽根が自分のことだけを忘れるのは、自分に問題があるのではないか。と、突拍子もない考えに辿り着いたために。最も、それは突拍子もない考えではなく、その通りだった。と、言う事に気付いた芹沢は、その直後、酷く居た堪れない気分になったのだが。
「ごめん。会長」
「任期が終わるまで頑張ってくれれば水に流す。と、何度も言ってるだろ」
肩をすくめながらそう言われ、芹沢は頷く。
今、生徒会室には加賀美と芹沢しかいない。誰もが芹沢を好きになり、好かれようと躍起になる中、生徒会長である加賀美だけは一人黙々と職務をこなしていた。職務を放棄していた副会長と会計、書記は役職を剥奪された為、今はもう、生徒会役員ではない。
「しかし、今回は長かったな」
「うん。長かった、割と」
「今度は何をしたんだ」
「ひどい。会長」
俺、最近ではめっきり大人しくなったのに。
苦笑しながら言った芹沢に、そうだな。と、加賀美は頷いた。
「変わろうと思えば変わるもんだな」
「まさか、本当に俺の言動が原因で、らいとの記憶がなくなってるなんて、思ってなかったけど」
寂しそうに、芹沢は言う。突拍子もなくその考えに思いいたった芹沢は、次の日の朝、誰であるかを聞かれ、自己紹介をして校舎に着いた後は必要以上に赤羽根に近寄らなかった。元々、クラスも違うのだからよほどの用事がない限り、寮部屋以外で会う事もない。そのおかげか、次の日の朝、芹沢は「おはよう、芹沢君」と、笑いながら赤羽根に言われた。それが嬉しくてその日一日、取り巻きと一緒に付きまとえば、その次の日の朝には、「誰?なぜぼくの部屋にいるの?」と、きかれた。
「………で?今回は何をしたんだ」
加賀美の言葉に現実に引き戻された芹沢は、今回の原因を考える。思い当たることと言えば、一つしかなかった。
「つい、言っちゃったから、かな」
好きだって。と、芹沢は言った。それに対し、加賀美はそうか。と、しか言わなかった。
「―――――、」
芹沢は何かを返そうと口を開いたものの、結局また、口を噤み、チェックを終えた書類を加賀美の机に置いた。
「そろそろ、かもな」
「え?」
「いや、アイツもアイツなりに、毎回考えてはいるようだ。何かがおかしい。とは、思ってるみたいだしな」
ほら。と、加賀美は携帯を弄り、芹沢の前に出した。加賀美の許可をもらった後、芹沢は携帯の画面を見た。以前なら考えられなかった彼の行動に、本当に人は、変われるものだ。と、加賀美は思う。
―――――僕って、もしかして何か、忘れてる?
そのフォルダにはらいとからのメールしか入ってないから全部みてもいいぞ。と、加賀美に言われた芹沢は、新しいのから順に読んで行く。
―――――そういえば、修君と芹沢君って、知り合いだったんだね。
―――――僕と転入生が同室なら、教えてくれればよかったのに!修君のイジワル〜!
数件、同じ内容のメールがあった。多分、その日の朝が、赤羽根が自分の事を忘れた日だろう。と、芹沢は思う。
そういえば。
「今日は、まだ、来てないな」
そう言った加賀美に、うん、来てないみたい。と、芹沢は返す。
「アイツ、過去のメールは見直さないからな。特にこうなってからは、同じ内容のメールが送られてくることが多い」
「そ、か」
「……おい、勘違いすんなよ。前も説明したが、俺とアイツは単なる幼馴染だ」
其処に恋愛感情はない。と、そう言った加賀美に、解ってるよ、今は。と、芹沢は返す。
「――――――、一番上の、読んだなら分かっただろ」
アイツも、少しずつ変わってきてる。もしかしたら、そのうちお前の事を忘れなくてすむ日が来るかもしれない。
加賀美の言葉が気休めであると知りながらも、芹沢は力なく笑った。
「さて、と。そろそろ帰るか」
どうやら今日、らいとは校舎に来てないみたいだぞ。と加賀美に言われ、え。と、呟いた後、芹沢は先、帰る。と言い、生徒会室を後にした。
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2011.09.20