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冷たい羊水の中

いつも、彼は冷たい。どんな感じなのかを尋ねた時、彼は言った。

―――――冷たい羊水の中。に、いるみたい。

笑いながら言っていたのに、彼は、泣きそうだった。冷たい手を、僕から握れば彼は握り返してくれた。本当に、冷たい手。彼の姿は変わらない、あの頃から、ずっと、そのまま。学園に入りたての時、多分あの時はまだ、周りに興味を持っていて、だからこそ、迷った。広い学園内で迷ってしまえばどうにもならない。そんな時に、彼に出会った。手を引いてもらって、気付いたら初等部の寮の目の前に立っていた僕の隣に、彼の姿はなかった。不思議に思いながらも、掌には確かに、彼の手の冷たさが残っていた。だから、夢ではなかったのだとそう言い聞かせた。

「―――――――、」

―――――どうしたの?翅宮。

彼は笑う。いつだって、微笑む。そんな彼に触れているうちに、やる気はなくなって行って。もしかしたらこれは、憑かれてる状態なのかも。なんて、思ってみても、彼に会いに来ることをやめようと、やめたいとは、思わなかった。そんな風にして、高等部まで過ごしてきて。

「なんでもない」

―――――そう?

こんな時ばかり、彼は僕の心を分かってくれない。彼はきっと、僕を取り殺す気はなくて(だって彼が、言う。ちゃんと食べて、寝ないとダメだよ。と)逆に生かそうとしている。だから今日も、持参した昼食を、此処で食べる。

―――――翅宮。

呼ばれて、顔だけ向ければ、淡く笑みながら彼が言った。

―――――もう、此処に来てくれなくて、いいよ。

突然、そんなことを言われても困る。そう思ってみたところで、彼は言う。笑いながら、一番聞きたくなかった言葉を。

※※※


「ちょ、愁!?顔が真っ青!!」
「………、そんなことない」
「そんなことある…って、つめたっ」

そんなに、冷えていないと思っていたのに、野々原は大げさだ。野々原は温かい、生きている。だけど彼は、冷たい。底冷えするような冷たさだけしかなくて、生きては、いない。それでも。

「野々原」
「うん?」
「手伝って、くれる?」
「もちろん!」

具体的なことを言っていないのに、頷いてくれる野々原は、優しい人なのだろうと、そんなことを思った。

2013.07.07


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