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other ≫ アメジストの雨

暖かい体温で抱き締めて

彼が生きている者だったら良かったのに。そんなことを思う。思うだけ、無駄という事は知っている。彼の骸は、この学園のどこかに埋まっているという話だった。一度だけ自主的に、掘り起こそうと思ったことがある。けれどその瞬間、その考えを読んだのか、彼が言った。

―――――そんなこと、してくれなくていいよ。翅宮。

そう言って、微笑んでくれたから。だから僕は、あえて彼の骸を掘り出そうとは思わない。たとえ本当に、彼の言葉の通りこの学園のどこかに、彼の骸が埋まっていると、しても。

「愁!」
「――――――野々原」

知らないうちに、周りは変わっていく。野々原は会長に告白した。本人から聞いたのだから、まず間違いはない。それから、どうなったのかは聞いていない。興味が、ない。

―――――ねえ、翅宮。

野々原の言葉に、彼の言葉が、重なる。重なった時、僕がどちらの言葉を聞こうとするのかは、決まっていた。もしかしたら、わざと野々原の言葉にかぶせて言ってきているのかもしれないけれど。それでも、僕がすることは決まっている。

いつもどおり木の根元に腰を下ろして、足を投げ出して。幹に体を預ける。

「聞いてた?」
「……………、」

当然、野々原の言葉は聞いてない。彼の話もちょうど終わって、野々原を見れば、ふくれっ面をしていた。

「だから、今日、会長の部屋泊まる、から…」
「分かった」

野々原はなんだか、幸せそうだ。僕を連れまわすこともなくなった。きっと、会長に夢中、だからだろう。良いことだ。彼以外、僕にかまう人がいないというのは、良いことだと思う。

「――――――それだけ?」
「?」

そうやって聞いてくる野々原が、分からなかった。もしかしたら彼の話を聞いている最中、野々原にとっては大切なことを言っていたのかもしれない。ちゃんと聞いてなくて少しだけ申し訳ない気分になった。

「気を付けて?」

申し訳程度に言えば、野々原は笑った。

「おう!」

そう言って、手を振って僕の前からいなくなった。

――――――翅宮。もうすぐ、雨が降るよ。

彼の言葉を聞きながら、野々原の声に重なって聞かされた話を思い出す。それは信じたくないと思ってしまうような内容だった。もしもそれが本当なら、この学園の罪は、どれほどのものなのだろうか。

「ん。また、ね」

―――――――またね、翅宮。

彼に抱きしめられて、それはやっぱり冷たくて。温かい体温で抱き締めてほしいと思った自分を、なかったことにした。

2013.07.05


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