断じて行えば鬼神も之を避く | ナノ
15手強い相手



あの後―――山南さんが変若水を飲んだ後―――、山南さんは無事に目を覚まし、一番の弱点であった正気を保てなくなるという部分を克服した。
ただ、日の下で活動できないところは改善できず、変若水の秘匿性を鑑み、山南さんは死んだこととされた。

彼は成功した羅刹として、「新撰組」を率いるという。名を、羅刹隊とするようだ。

山南さんはじめ、羅刹隊を伊東さんたちや急に増えた隊士からかくまうため、屯所移転の話は押し切るように西本願寺に決まった。
本格的に移転作業が始まる前に話しておきたかったから、夜の巡察がない日に決行した。





酒を持って向かった先は―――土方さんの部屋だった。

「どうした、酒なんか持って」
「ちょっといいか? 相談があるんだが、」

そう言うと、余計に驚いた顔をしたが、したためていた何かを片して、なつめのことか?と。

「さすがは土方さん、だな」

一緒に持参した猪口に酒を注いでその人に手渡す。酒に弱いせいか、普段はあまり酒を飲まないことは知っていたが、嫌がるそぶりも見せず酒を飲んだ。そういえば試衛館ではよく朝まで酒を飲んでいたことを思い出す。

「山南さんの時のだろ?」

土方さんは鬼の副長とか称されているが―――もちろんその一面もあるのだが―――、隊士一人一人をちゃんと見ている。人一倍気遣いの人だ。
なつめが俺の組に配属されているのも、実は土方さんの差配だったりする。土方さん曰く、なつめは俺に一番懐いているかららしかった。

そして、今に至るまで解明されていないなつめの過去を、土方さんは心配していた。
なつめを拾ってきたのは、近藤さんと土方さんで、その様子が尋常ではなかったらしい。よほど怖い目にあったのだろうと。

だから、今のなつめの様子を相談するのは、土方さんが適任なんだろうな、と。

「ああ。……死にたいのか、と聞いたら、生きたいって気持ちがないんだと」
「そうか」

軽いため息が聞こえ、「それで、山南さんに一方的にやられていたのか」と続いた。

「山南さんを殺す理由がなかったから、殺して後悔するよりは、殺された方が後悔はしないって考えたたしい」
「もともと、変若水の研究には大反対だったしな、あいつにしちゃあ珍しく」

それも妙な話ではあった。ほかはずいぶんと受け身というか、自分の意見がないヤツなのに、変若水の時だけは違った。初めから今まで、一貫して断固反対の姿勢を貫いている。普段の彼女からすると、だいぶちぐはぐな感じである。

「……どうして、ついてきたんだろうな」

実は、今日ここに来たのはそれを話したかったからだ。
以前なつめが、何のために京にきたのかな、とこぼした。
別に今すぐに答えが出なくても、これから探せばいいのではないか、と答えた。

だがそれが、間違っていたような気がして。なつめは、ここにいない方がいいのではないかとすら思えて。たぶん、この前の件で―――なつめに心を閉ざされたようが気がして―――結構弱気になっている。それは認めよう。

「行く当てもなくて、帰る当てもない、ってところじゃねーかな、あいつは」

「……偶然俺たちと一緒になったから、その流れで一緒にいるってわけか」

「俺だってたまに思うさ。あの時拾ったのが俺や近藤さんじゃなかったら、なつめの生き方は違うものだったんだろうなってよ」

言っている土方さんの顔が、悲し気で自嘲気味で。
悩んでいるのは、俺だけじゃないんだなと少しだけ安心する。

「こんなに思われているとは、当の本人は気づいていないんだろうな」
「そうだな、」
「そういや、あいつを副長助勤にしなかった理由、話してんのか?」

なつめの実力は全員が―――試衛館組の全員が―――認めるところだったのだが、彼女が一隊士で収まっているのには、訳がある。

「言うわけねーだろ、」

その返答は予想していたので、予想通りの返答でくくく、と笑う。

「いつか嫁に行きたいと思ったときに、何のしがらみなく出ていけるように、だったっけか?」
「今のところ、そんな心配はいらねーみたいだがな」

照れたらしく、猪口の酒を一気にあおった。
頬が赤いのは、照れたからなのか酔っぱらったからなのか。そこは不問とする。

「まあ、あれだ。俺たちについてくると決めたのはあいつだ。
それに、当時のあいつは、それこそいつ死んでもおかしくないような様子だったんだから、それと比べたら、死にたいって言ってるわけじゃねーんだ。少しは良くなってんじゃねーか」

だから引き続きなつめを頼んだぞ。

俺に言っているようで、しかし自分に言い聞かせているような言い方で。
土方さんがこんなに手をこまねいているのだから、手強い相手であるのだろう、なつめは。そう思うと、前向きな気持ちになれた。

「ありがとな、土方さん」

謝辞の言葉は素直に出た。
死にたいから、生きたくないに変わったんだ。根気強くいけば、「生きたい」にも変わる可能性はある。手強い相手だ、心してかかろうと。

土方さんには敵わないな、とは口には出さずに、部屋を後にした。






prev/next
back


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -