断じて行えば鬼神も之を避く | ナノ
14怒りなのか悲しみなのか哀れみなのか



「あの、原田さん」

控えめな声が部屋の外から聞こえた。新八と部屋で飲んでいる最中だったが、千鶴が訪ねてくるのは珍しい。

「よう、千鶴。どうかしたか?」

言いつつ襖を開けると、心ここにあらず、といった様子の千鶴の姿がある。
なつめが同じ部屋だから、いつもはなつめに相談をしているようなのだが。今日はどうしてここに来たのだろうか。

「あの、なつめさんが、部屋に戻らなくて」
山南さんの様子を見てくる、とおっしゃっていたのですが。

その言葉で酔いが一気にさめた。山南さんと言えば、今日の会議の件がある。最近は研究部屋にこもることも多かったから、心配してはいたのだが。
最悪の事態を想定した方がよさそうだ。

「新八、山南さんの部屋を頼む」
「ああ、わかった」

千鶴には土方さんを呼びに行ってもらう。
仮に最悪の事態の場合―――山南さんが羅刹になってしまっていた場合―――、彼女には事情を知られない方が、彼女自身のためだ。

そして俺は、綱道さんが使っていた、変若水の研究部屋へと向かった。





部屋の襖は閉まっておらず、中の様子はすぐにわかった。
なつめが首元をつかまれ、宙に浮かされている。なつめをつかんでいたのは―――羅刹の姿をした山南さんだった。

「なつめっ」

部下の名前を呼びつつ、山南さんに体当たりをする。そのまま山南さんが倒れ、後ろの襖を突き破った。
体勢を立て直す山南さんのすぐ脇で、なつめがせき込む―――良し、生きているな。

しかし倒れこんだまま起き上がることができないようで、すぐにでも様子を確認したいが―――羅刹の姿の山南さんが、こちらを睨んでいる。
なつめから山南さんを牽制するように、持っていた槍を構えた。

『さ、さん……』

互いににらみ合っていたのだが、他に何も音がなかったせいか、なつめのか細い声が俺の耳に届いた。

『殺し、ちゃ……、め、』
「くっ、うっ―――」

しかし、刃を交える前に、山南さんが頭を押さえて苦しみ始め、そうこうしているうちに土方さんや新八が到着した。総司や斎藤も一緒だ。そして千鶴も。

山南さんは土方さんたちに任せ、倒れたままのなつめを抱え上げる。息がうまくできないらしく、顔をゆがめて苦しそうにしている。

『左之、さん、っ、山な、さん、』
「大丈夫だ、山南さんは殺しちゃいねーよ。だからもう喋るな」

そう伝えると、ようやく安心したようで、すっと目を閉じ、意識を手放した。
山南さんの方を見ると、総司と斎藤が押さえつけ、そちらも気絶をしたようだ。

「なつめは?」
「気を失ってるだけだ、息はしてる」

土方さんの問いに答えてから、なつめを移動するため、起こさないように抱える。
ここから一番近くて、他の隊士が近寄らないということで、土方さんの部屋でなつめを寝かせることとなった。山南さんはこの研究部屋で、総司と斎藤が見張るという。

なつめの顔には、うっすら泣いた跡があって、なつめがどんな気持ちで山南さんと対峙していたのかを思うと、いたたまれない気持ちになった。




空が白み始めたころ、なつめが目を覚ました。

『山南さんは、』

起きて第一声がそれである。そういえば、山南さんを殺すなと、意識を手放す前に必死に訴えていた。

「生きてるよ。まだ、意識は戻ってねーけどな」
『……山南さん、薬の改良したらしくて、』

まだ完全には回復していないのか、激しい咳が続く。横向きにして背中をさすると、少し楽になったようだ。

「あんまり喋らない方がいい。首を絞めつけられたんだ」

しかも羅刹となった者の剛腕で。先ほどまでは首に赤い跡が残っていたが、今はあまり目立たなくなった。
しかしなつめは首を横に振って、言葉を続けた。

『理性が飛ぶのを抑えて、私に、殺せって』
「……でも、殺さなかったんだろ?」
『理由がなくて』

殺す理由がなかったという。
だが、理由ならあっただろうと思う。あの状況でも、なつめだったら山南さんを斬れたはずだ。なつめが山南さんを斬らなければ、殺されていた。
自分が殺されるというのは、相手を殺す理由になりうるはずだ―――少なくとも、俺たちがいる新選組という場所においては。

だがなつめはそれをしなかった。

「山南さんに、殺されてもいいって思ってたのか?」

そう聞くと、なつめはへらりと笑った。
『殺すよりは、殺された方が後悔はないかなって』

それを聞いて、言いようのない気持ちがこみあげてきて、だがそれが何なのかがわからない。怒りなのか悲しみなのか哀れみなのか、言葉では言い表せないよくわからない感情だ。
こいつはどうして、こうなんだろう。

試衛館にいる時も、あまり自分を出すことはなかった。
試衛館を出て壬生浪士組に加入すると決めたときも、当たり前のようについてきた。年中男装をしなければならない、死の危険と隣り合わせだと知っていてついてきた。

隊士を粛清するときも、自分には感情がないかのように、ただ淡々と心臓を刺していた。

一緒に笑って過ごしていると思っていたが、今思い返すと、だいぶ無理をしていたのではないか―――なつめが心から笑ったのを見たのは、いつだっただろうか。そもそも、出会ってから今までずっと、空笑いだったのではないか。

しばらく忘れていたが、試衛館に来てすぐの頃は、暗い顔で塞ぎ混んでいた。
家族はいないのだと言って、しかしそれ以上のことは話そうとしないから、おそらく過去に何かがあったのだろうと考えてはいたが。

「お前、死にたいのか?」

自然と口から出ていた質問に自分でも驚いたのだが、なつめは驚いた様子もなく、『そうかもしれない』と。それを聞いて、今までのなつめの行動に合点がいった気がした。

戦に置いてやけに強いのは、死んでもいいと思っていたから。試衛館から浪士組・新選組へとついてきたのは、特に生きる理由がなかったから。だから今日、山南さんに逆らわなかったのも……。

「死にたい理由は、……まだ話してくれねーか、」

そう問えば、困ったようにただ笑う。それは、完全に否定の意だった。

『ごめんね、左之さん』
「お前が話したくなるまで待つって言ったのは俺だ。今さら、約束を違える気はねーよ」

なつめとはだいぶ打ち解けられた自負があった。だから、話してくれるのではないかと思った。そして、なつめに心を許されていないという事実が、思いのほか俺を悲しませているということに気づいた。

『でも、死にたいわけじゃなくて。たぶん、“生きたい”が無いんだと思う』
そこでまたへらりと笑う。

『だから、死ぬまでは左之さんを守ってあげるね』

俺が守るんじゃなくて、守られる方なのか。いつもは俺が守る立場にあるせいか、なつめの言いぐさが新鮮で心地よい。

しばらくぽつぽつと話をしていたのだが、いつの間にかなつめは目を閉じて眠っていた。白んでいた空はだいぶ日が昇っており、隊士たちがざわざわと活動を始めていることがわかる。

部屋から出て、広間へと向かう道すがら、先日までのなつめとの楽しかった日々を思い出し、しかしそれが遠い記憶のような気がした。




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