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HQ!! SS



真夏の微熱はどちらのもの
@18zzz_hq




 じわり。今年新調した白の松葉菊柄の浴衣に、汗が滲む。
 着慣れない、履き慣れない。その二つが行く手を阻んでいる。なぜ友人はあんなに平然と人混みをするりと掻き分けていけるのか、そういう技でも習得しているのか。そんなことを考えている間にもう数メートルの距離が出来ている。「行きたい」と言うから「行けば」って言っただけなのに、いつの間にかその「行けば」はわたしも一緒に行くのだという内容にすり替わっていた。最後まで断り切れなかった自分も自分だが、押し付けがましい友人も友人だ。

「遅い! 人多いんだからさっさと歩かなきゃ」
「いや無理…暑、」
「とりあえずかき氷食べよ」

 すぐ隣のかき氷の屋台から僅かに涼しい風が吹く。その涼しさに誘われるまま注文を終え、取り敢えずその辺に座ろうとしたら、突然友人のちみっちい説教が始まった。

「射的とかやることいっぱいあるんだよ」
「急がなくたって逃げたりしないよ、ゆっくり食べよ」
「え〜」

 いやいやを繰り返すその様はまるで駄々を捏ねる子供。ムカッとまではこないけど溜息が出そうだ。かき氷が崩れて地面に落ちるのも嫌だし、それで浴衣が汚れるのも嫌。なんて思っていたら、近くで同じような痴話喧嘩が聞こえてきた。だけど、わたし達と違う点はそれが女子同士ではなく男子同士だという点だ。

「いいじゃん偶には〜。射的くらい付き合えよ」
「誰が触ったか分かんねえものに触りたくない」

 これはまた物凄い熱量の差で夏祭りに来てるなと思ったのも束の間、その二人の姿にわたしはぎょっとした。同じクラスで、バレー部の古森君と佐久早君だ。しかも目立ってる。

「おーい!」

 ぎょっとしたばかりなのに、今度は友人の行動に雄叫びを上げそうになった。なんでわざわざ声を掛けたんだ、そう小言を漏らすこともできずに友人は二人の元へ駆け出していく。

「なんだ、二人も来てたんだ」
「そう、てか意外、佐久早君も夏祭りとか行くんだ」
「…俺はこいつに無理矢理…」
「部活休みだし気分転換〜とか思ったんだけども〜ノリ悪くてさ」
「こっちもなまえがさあ…」

 やっと追い付いたと思ったら、古森君と友人の姿は既になく、立ち尽くしている佐久早君だけがいた。だけどなんとなく察してしまったこの空気感。どことなく雰囲気の似ていた古森君達は、きっと夏祭りを楽しむ為に行ってしまったんだろう。

「…あの…」
「古森が借りてくって」
「それは全然…というか佐久早君は…」
「座れば」
「えっでも、」
「戻ってくるまで待つだろ」

 待つつもりなかったけど、…なんて言うのは失礼かな。それに、佐久早君も古森君のこと待つみたいだし。断る術もないまま「じゃあ、」とお言葉に甘えることにして、既に少し痛かった足を休める為に佐久早君の隣に座る。二人きりだと会話に困るかもと思ったけど、元々口数は少ない人だったからそんなに気にしなくても良いのかもしれない。
 周りの賑やかな声に混じって、かき氷を食べる私の咀嚼音が時折響く。佐久早君暑くないのかな、と様子を伺っていると、ふうと手でぱたぱたTシャツの首元を揺らしているのが見えた。それにドキッとしてしまって、男の子のそういう仕草に慣れていないせいか目が泳ぐ。

「…なに」
「なんでもないっ」

 暑いせいだ。酷い人混みだから気がおかしくなったんだ。そもそもここに無理矢理連れてきた友人が悪い。わざわざ着付けまでした友人が悪い。そういう風に他人に悪いと押し付けても、全然心臓の動きは止まってくれない。異性と二人きりでいるということがこんなに恥ずかしいなんて、と内心慌てていたところで佐久早君の様子に異変を感じた。

「…それ」
「え?」
「少し頂戴」
「ちょ…って、かき氷のこと…?」
「それ以外になんかあるの」
「いやでも…口付けてるから…」
「暑いんだよ…死にそう」

 あれ。佐久早君って確か人の触ったやつとか、食べた物の回し飲みとかって嫌いじゃなかったっけ…もしかしたら本当にヤバイとか。そう考えたら気が気じゃなくなってすぐにかき氷を手渡した。こんなところで死ぬとか、万が一にでもあったら大問題だ。だけど、手渡したかき氷がゆっくりと彼の口元に運ばれていくその瞬間を見るなんてとても出来ない。

「…ラッキーだった」
「かき氷が?」
「かき氷持ってたのが苗字で」
「そう…? ならよかったけど…」
「……意味分かってないだろ」
「な…なんか違った?」
「お前のじゃなきゃ、」

 ドン、と夏の夜に上がった大きな花火が彼の言葉を邪魔して消える。頬に残った赤みが、上がった花火の眩い名残だったのか、それとも彼が自分で発した言葉のせいだったのか定かではない。だけどその目にはしっかりと私の姿が映っていて、じわりと一つ、酷く熱い汗が背中を流れていくのを感じていた。