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誘い込むわたあめ
@18zzz_hq




「時間通りに来なかったら怒るからね!!」

 記憶に新しいさつきちゃんの大声が脳内を掠める。さつきちゃん、というのは大学に入って初めて出来た、隣で少しイライラしているわたしの友達だ。桃色の髪がふわりと靡いて、髪の色と同じ桃の匂いが鼻をくすぐる。時計と睨めっこしながら、痺れを切らしたのかわたしの浴衣を引っ張った。

「なまえちゃん大丈夫! 青峰君は絶対もうすぐ来るから!」
「え、あ、うん…そんなに言い聞かせなくても…」
「桃井さん落ち着いてください。青峰君がこの機会を逃してしまう選択をするなら僕はもう協力しませんと伝えてますから、来ます」
「テツくん…!」

 ごめん、全く会話についていけないよ、黒子君。
 さつきちゃんの隣、右側に立つ水色の髪の青年はそう言うと、さつきちゃんの頭を撫でた。これなんて言う拷問? 独り身には辛い。幸せを分けられるどころか僅かな幸せを吸い取られている気がする。
 黒子君とももちろんさつきちゃん経由で知り合った。その時にはもう二人は付き合っていて、…というのを、さつきちゃんの幼馴染である、絶賛遅刻中の青峰君から聞いた。青峰君が遅刻なんて今に始まったことじゃないのに、なんで二人して怒っているんだろうか。

「ワリ、遅れたわ」
「大ちゃん!!!」
「青峰君五分遅刻です。僕言いましたよね、もう協力しませんよと」
「五分だろーが!それにしゃーねーだろ。…ちと迷ってたんだよ…服とか」
「悩む程持ってないでしょ!!! もうっ!!」
「悩む程にはちゃんとあんだよ」

 服に迷うってなんだか初デートの女子みたいなこと言うなあ。花火大会の為に着こなしてきた浴衣の裾を少し引っ張って口を隠してくすくす笑っていると、不機嫌な声が上から放たれる。がしりと頭に重みがのしかかって口元を引きつらせると、黒い悪魔がわたしを見下ろしていた。

「なまえも何笑ってんだよ。フザけんな」
「やだっ折角髪の毛キレーに纏めてきたのに!」
「うっせんだよ。オラさつき、行くんだろ! とっとと先導しろ!!」
「遅刻してきた癖に一番偉そうな態度はよくないですよ青峰君。あとでアイス奢ってください」

 黒子君抜かりない。舌打ちをした青峰君が「モナカ王国一個を三人で分けるならいいぜ」と言ったのは聞こえなかったふりをしておこう。ぷんぷんしてる二人の後ろを青峰君と二人でついていく。…本当に奢ってくれるんだろうか。

「……嘘じゃねーぞ」
「あはは、分かってるよ。嘘でも青峰君が服選んでた≠ネんて言うわけないじゃん。嘘でも寝てたわ≠チて言うでしょ?」
「…つーか寝れるわけねーだろバカ」

 あれ。なんか照れてる。黒い顔がちょっと赤くなってる! なんて言ったら怒られそうだから言わないけど、でもなんか、青峰君のこんな顔見たの初めてだ。まだ知り合って半年しか経ってない。口下手だけど、青峰君のぶっきらぼうな優しさに気付いてからは、いつの間にか青峰君の背中をわたしは目で追うようになっていた。だから、今回のダブルデートのような状況にしてくれたさつきちゃんには感謝してる。そんな気持ちを自覚してからは初めて一緒に出かけるかもしれない。





「ここいい場所でしょ! 隠れスポットなんだよ、花火がよーく見えるの!!」

 さつきちゃんが連れてきてくれた場所はとあるマンションの屋上だった。…如何なものか、とは思う。黒子君も同じようなことを考えていることだろう。でもそこはさすが王子様黒子君だ、笑顔で「さすがです、桃井さん」と言うのを忘れない。隣で「不法侵入じゃねえか」という青峰君の口を慌てて塞いだ。

「っ、…だよ、実際そうじゃねーか」
「そういうのは言ったらダメなんだってば! きっとわたし達の為に探してくれたんだよ。まあ別に、住人ですって言えば問題ないし、ね?」
「ったく…」
「とか言って、青峰君もちょっとこの状況楽しんでるでしょ?」
「あー…まァ」

 花火が始まるまであと十分くらいかな。頑丈なフェンスに身体を預けて、途中で買ってきた顔くらい大きいわたあめに口をつける。ふわふわで、甘くて、三歳くらい若返ったような気持ちになる。部活に忙しかった高校時代では出来なかった青春を味わっているみたいだ。右側ではさつきちゃんと黒子君が微笑みあっている。

「ね、青峰君。わたし達邪魔じゃないかな…?」
「は? や、いーんじゃね? つーかなまえ誘ったのさつきだろ」
「そうなんだけど…」
「なんなら二人で抜けてもいーけど」
「はっ!!!?」
「どーしたの? なまえちゃん」
「ううううん!? ふぁんへもはい!!」

 勢いで大きな声が出て、慌ててわたあめを頬張った。ななななに言ってんだこの黒いの…二人で抜けて…どうすんだ…!? 二人で花火見るの!?

「お前な…」
「だ、だって、青峰君がっ」
「…バカ野郎、期待すんぞ、そんな反応さ「あ!花火始まったー!!!!」…」

 そのさつきちゃんの言葉と同時に、一発目の赤い花火が上がった。次いで物凄い音が連続して鳴り響き、花火は打ち上げられていく。青峰君が何を言ったか分からなくて、それよりも音に驚いて花火に目を向けると、さつきちゃんと同じように大きな声が出た。「たまや!!」って、おいおいわたしは子供か。

「……あれ?」

 そして暫くして気付く。隣にいた青峰君がいない。

「それ貸せ」

 耳元で聞こえた声に、思わず「ヒ、」と喉が鳴った。大きなわたあめを持っていたわたしの右手が、後ろから伸びた手に力強く包まれて大きく動悸が波打つ。

「あ、…お、みねくん…?」

 わたあめがさつきちゃん達との壁を作る。一瞬だけ見えたのは、黒子君がさつきちゃんの手を取って、わたし達が見えない位置へと歩いていく姿だけ。声が出ない。出したら、心臓ごと飛び出ちゃいそうだ。

「っ、…」

 お腹に回ってきた腕が、わたしを動かさないように絡んでくる。背中に、鍛え上げられた胸板が当たっている。青峰君の匂いがして、麻薬吸ったみたいにクラクラする。や、麻薬は吸ったことないけども。

「……心臓早くねーか」
「ばっ、あ、青峰君心臓どこにあると思って…!!」
「全身でバクバクしすぎだろ」
「、んなの、突然、こんな、」
「突然こんな? バカか、突然こんなことできっかよ。こっちはタイミング計ってたんだよ」
「なんで、」
「なまえが好きだ、ってことだろ」

 好き。す、き。…なんて? 好き、嫌いの、好き? 追いつかない頭でゆっくり振り向いてみれば、じっと視線を外さない青峰君に、言葉の真意を理解するしかない。

「返事は…めんどくせーから、オッケーなら逃げんなよ。まあ、逃がすつもりもねーけど」

 顔は赤くしておいて、どこまでも不敵に笑う青峰君にきゅっと口を結んだ。でも逃げることはしない。…だって、わたしだって、

「…逃げねーってのは知ってたけどな」

 軽く合わさった唇は、わたあめで少しベタついていて、甘い。そのベタつきが不満だったのか、青峰君はぺろりとわたしの唇を舐めた後、仕切り直しとでもいうように深く唇を重ねた。

2016.09.05