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「ただいまあ」

 「今日帰ってきます!」というメールが入ってから、俺はしようと思っていた自主練を15分早めて帰ってきた。それから、得意料理の温玉ポークカレー(自分の好物とも言うが)を作って、さっぱりしたい時に食べれるようにサラダも適当ながら用意して、なまえがここに戻ってくるのを今か今かと待っていたのだ。

 結局あれから1週間、なまえは仕事に追われていたらしい。「缶詰めになっている」とも言うか。でもそれはしょうがないことなのだ。それくらい、言わば売れっ子になってしまったのだから。そんな風に自分の心の中に「しょうがない」を押し留める日が来るとは思わなかったが、これはこれで悪くはない。いつだってバレーに人生を捧げてきた俺が1つだけ夢中になれること、それがなまえに関することだったのだ。

「お帰り」
「飛雄君ごめんね〜! あ、なんか良い匂いする…!」
「疲れてんだろ。飯作っといた」
「…飛雄君のポークカレーだ!」
「おう」
「さてはポークカレー食べたかったんでしょ」
「おう」
「うっふふ、素直でよろしい、ふふっふ、」

 なんか機嫌良いな。仕事で何か良いことでもあったのだろうか。ぎゅむっと抱きついてきたなまえの頭を撫でて、取り敢えず飯にするかとずるずる引っ張ってやると、もー待ってよーって珍しく駄々をこねだした。酒でも飲んでるのかと思ったがそんな匂いはしない。そうやって顔を近付けてくんくんと鼻を鳴らしていると、そのまま柔らかい唇が触れ合った。久しぶりの感覚に、少しだけ唇と唇の間が離れてしまっただけでも名残り惜しいと思う。

「…ッん、」
「そういう風にされるとカレーは後回しにしたくなるな」
「でもお腹空いた…」
「満たしたいもんは食欲だけじゃねえだろ」
「う…」
「無理強いはしねえし、飯が先がいいならいいけど…」

 うぐぬぬ、と唸る顔が、なんとなく自分と被っている。夫婦は似るものだと聞いたことがあるけど、もしかしたら言葉通りにそうなってきているのかもしれない。そう考えるとふと嬉しくなる。俺達はそうやって形をほんの少しずつ変えて2人で在るということ≠当たり前にしていっているのだ。

「…飛雄君の我儘」
「そっちこそ素直じゃないよな」
「お風呂だけ、…お願い、ね?」

 態とらしくお願いのポーズをされて、でもそれにぐっと詰まってしまう俺も俺である。じゃあ早く行ってこい、とばかり背中をトンと押した瞬間、鼻の奥に僅かながら鈍い鉄の臭いがしたような気がした。なんとなく口に残るのも、それと同じもの。鼻血でも出したのだろうか、だなんて考えながら首を傾げてしまう。何もないなら別にそれでいいんだけどと、鞄を居間に置いて風呂場へ行ってしまった彼女の姿を見送って、少し冷めてしまったカレーを温める為にコンロの火を付けた。少し気になるのは、やはり声が戻る気配がなくむしろ酷くなっているということ。

 薬は効いているのだろうか?

 …そもそも本当に、薬だけでどうにでもできるものなのだろうか?





「痩せたろ」
「え、何急に…もしかして減ってる?」
「肉がねえ」
「どこ触って言ってるんですかー。えっち」

 真っ白の布団の中では、お互いもう素っ裸だ。風呂を出た後のなまえに我慢できなくなって、そのまま布団へ直行させ、そして今に至る。説明しなくたって、ここで何が起こっていたのかは大体の想像がつく筈だろう。体調のこともあるから、できるだけ丁寧に、できるだけ優しく抱いたつもりだったが、果たして身体に差し障りはなかっただろうか。半ば無意識に触れた胸や腹は、ちょうどよく付いていた肉を削ぎ落としているように感じた。

「1週間ちゃんと食べてたのか? ちょっと痩せすぎだろ」
「えっほんと? ちゃんと毎食食べてたけど…不規則だったからかな」
「赤ちゃん」
「え?」
「だから、いずれ赤ちゃんが…ってなった時になまえがそんなんだと大変だぞ」
「赤ちゃん……そっか、赤ちゃんかあ…」

 大きめの枕に顔をぼふんと埋めて、ぴたりと固まったかと思ったら今度はちらりと少しだけ顔を上げて俺を見た。目の下が赤い、というか頬が赤い。潤む目はどこか嬉しそうで、でも口はきつく一の字に閉じている。…欲しくないのか、俺となまえ、2人の赤ちゃん。確かに今はまだ考えられないかもしれないけど、遠くない未来にはもう1人いる予定なのだ。…俺の中では。

「飛雄君のちっちゃい頃って可愛かっただろうなあ」
「いや俺はなまえに似た女の子がいい」
「えー」
「…つーか、欲しい?」
「ん?」
「赤ちゃん。なんか今考えてたろ」

 ぴく、と僅かに震えた肩が迷っているように見えたから思わず聞いてしまったが、その言葉に答える訳でもなくなまえは笑うだけだった。うんともすんとも言わずに、首を縦にゆっくりと振って、肯定のような行動を示す。それが欲しいという意味でのうん≠ネのか、今考えてたろ、という俺の言葉に対するうん≠ネのか。分からないけど、…多分、喜んで良い筈だ。

「…そうだね」

 消え入りそうな声の中で確かに聞こえた音は出会った頃を思い出させるような、そんな音をしていた。どきりと高鳴った心臓は、そんな思い出が頭の中を駆け巡ったせいだ。

2019.04.30