そこらじゅうに散らばった緑や茶色の酒瓶が、窓から降り注ぐ月明かりに照らされて冷たい光を反射していた。
----は普段あまり酒を飲まない人間だった。だからこそ、彼の部屋に立ち入った時に見た光景に酷く驚愕したのだ。
当の本人は酔いで体の重心をなくし、ベッドの上でゆらりと揺れていた。
「----…」
俺の声に----は数秒遅れてゆっくりと顔を上げた。暗くてもよくわかるほどに彼の頬は紅色に染まり、瞳もどこか虚ろだ。俺は床に転がる酒瓶の量を見て、それも当然か、と一人納得する。
「んー…リゾット…?」
酔っぱらいの目というのは不思議なものだ。その目は確かにこちらに向いているのに、見つめられていると感じられない。俺の向こうのどこか遠くを見つめるような、そんな感じがするのだ。
彼の月の色にも似た銀髪を撫で上げる。酒で火照った----の体はどこに触れても熱いとすら感じられた。
「こんなに飲むなんて珍しいな、何か嫌な事でも?」
----はゆっくりとした瞬きを何度か繰り返すと、首を傾けて何度か頷いた。その行動に何の意味があるのかは全くもって理解しがたいが、酔っぱらいなぞ皆そういうものだ。
「珍しくないよ」
ぽつりとつぶやいた----の声はともすれば聞き逃してしまいそうなほど小さいものだった。俯きがちな----の頬に手を添えて、真っ赤に染まった顔を見る。
「リゾットが、初めて見ただけだよ」
やんわりとした笑顔が徐々に曇っていく。潤んだ瞳は不安に震え、今にもその粒がこぼれてしまいそうだ。
「----…?」
透明な涙の粒が限界を超えて、ついに彼の目尻から零れ落ちた。それを見ただけだというのに、胸が突かれるように痛む。
「抱いて」
両手を前に突き出して要求されたそれは、文字通り抱きしめることなのだろう。俺はベッドに腰掛けて----の小さな体を抱きしめた。
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薄暗い----の部屋で、俺は彼の傷口の手当てをしながら胸の奥で強い後悔を抱いていた。
任務前に俺は----の小さな違和感に気付いたのだ。
どことなく生気の感じられない----の表情、まるでスイッチを切られたロボットのようなそれを俺は意図的に見過ごした。今思えば----にメンタル面のダメージがあった以上、俺はそれに深く追及するべきだった。
彼を柔いベッドの上に座らせて、細い腕に刻まれた傷に消毒液を垂らしながら、俺はため息を吐いた。傷は浅からぬものばかりで、そのどれからも血が滴るほどであった。
「-----、どうしてあんな無茶を?」
俺はぼーっと正面を見つめている----に問いかけた。
彼は浅く呼吸を繰り返しながら、何度か瞬きをした。瞼の奥で小さな動きを見せた眼球は、何を言葉にしようか迷っているようにも見えた。
「もういいかなって、思った」
「…どういうことだ」
----は今度は俺の目を見てながら、数秒間黙りこくった。綺麗な瞳なのに、どうしてか俺はその目に恐怖を感じたのだ。
「えっと、あの…どういったらいいんだろう」
「ゆっくりでいい」
きっと彼は胸の中にある複雑な感情を言葉にすることがまだ難しいのだろう。だからこそ、こういう時はゆっくりと待ってやらねばならない。大人として、彼を、愛したものとして。
「ちょっと…長くなる」
「構わない」
一つ目の傷に包帯を巻く。いつも真っ白な腕は今、血を失いさらに白くなっている。それこそ包帯の色と同じほどに。
「リゾット、僕が髪の毛や爪の色をすぐに変えるのは何故だかわかる?」
俺は別の傷口に消毒液を掛けながら小さく首を横に振った。
「ずっと同じ姿だと、飽きられてしまうからだよ」
ぴた、と一瞬手の動きが止まった。きっと気まぐれな----の事だから、すぐに自分が飽きて別の色にしているだけだと思っていた。その理由に----個人の意思が関係なかったことに、驚くのと同時に、またしても違和感を感じた。
「僕は知ってる。性に対する興奮は消耗品。最初はだれもが僕に興奮して夢中になるけど、同じ相手と何度もしていればみんな退屈するんだ」
----の声は抑揚も温度もないものから、段々と熱っぽく、感情が籠ったものへと変貌していく。聞く者を更にその話に引き込むために、----の声はどんな時でも可愛らしく、美しかった。
「繰り返して、辟易して、もう顔も見たくないって思われてしまうかも。そうしたら…」
ぱた、と真っ白なシーツに何かが落ちた音が聞こえた。傷口から顔を上げると、目じりから大粒の涙を零す----の姿が目に入った。彼は口を震わせながらも、必死に言葉を紡ごうとする。俺に、それを伝えるために。
「そうしたら、もう僕はいらないんだよ」
まるで自分に言い聞かせるように、----はゆっくりとそれを言葉にした。
「----…」
宥めるように、彼の名前を呼んだ。だた何もせずに涙だけを流しながら、----は静かに瞬きをした。