陽が油断しきっている今この勢いに乗って、ちゃっかり者の彼女はもうひとつの確認事項を忘れない。
なまえは会話を打ち切ると枯れ葉の寝床に横になっていたが、暫くそうしてから長い溜息を吐く延長でぽつりと一言溢した。

「暇だなぁ」
「しりとりでもすっか?」
「もう飽きた」

竹格子に手を掛けて唇を尖らせれば、陽は困ったように後頭部を掻きまわす。
事実、この数日の間で勝手に陽が始めたしりとりに何度か付き合っていた彼女は同じ遊びに飽きていた。
何か、と思案し始めた数秒後配下にも何か考えろとその背をどつく彼を横目に、なまえは名案を思いついたと言わんばかりの明るい声をあげた。

「あ!手品とかできないの?」

成る程たしかに、それなら牢から彼女を出さずに暇を潰させてやることが出来るが、生憎手先が器用と言い難い彼には人生で一度も手品に挑戦しようとしたことなどない。
当然ながら、出来るわけがなかった。

「ゲンのやつがいりゃ…」

つい口をついた名前に被りを振って苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる陽の様子に、なまえは心中ここまで見事に誘導されてくれる人間も珍しいと呆れた。
彼の話では元警察官だと聞いていたが、これでは立場が逆ではないだろうか。

「げん…?」
「あー、テレビで見たことねぇ?あさぎりゲンって奴」
「え、いるの!?」

途端に目を輝かせたなまえの期待は、"有名人に会いたい"という無邪気な子供の願いにしか映らないだろう。
その実内心で彼女は自身の白々しい演技の薄ら寒さにもはや震えすら感じていた。

「いねぇよ。裏切り者のインチキ野郎だ」

歯に絹着せぬ物言いはまるで子供に向けられるものではないが、変に気を遣ってはぐらかしもしないそれは十分信用に足る証言ともとれる。
つまり幻はもう既に司を裏切り、外の人間と行動を共にしている可能性が高いということだ。
そして幻が行動を起こしたということは、この度の"戦"(と推測して間違いないだろう)の相手は彼がつく組織ということになる。
そこまでの調査で、なまえは幻が生きているという事実に素直に胸を撫で下ろした。
自ら足を運ばずとも、なまえの情報収集は順調に事が運んでいる。
それはこの"親切"な獄卒の大いなる貢献の賜物であったが。

その晩、彼女は寝床に就きながら本日得た情報の整理をしていた。
帝国は来たる日の戦に備えている。11月も下旬に差し掛かった現在、いつ雪が降ってもおかしくはない。
食料の問題もあるので冬に迂闊に動くのは危険だ。とすれば、少なくとも司が動き出すのは春。
対する"敵国"の情勢は分からないが、攻めてこないのを見る限り向こうも大方同じような状況なのではないだろうか。
この時代、いくつ国があろうと大した文明の差はないことだろう。
そんな彼女の何気ない推測がその後大きく外れることになることは、まだこの時は知る由もない。

それよりこの頃のなまえは、未だ解明できていない謎がひとつ残されているのが気懸りだった。
謎という程ではないあまりに単純なことだが、時は遡り季節は夏。8月下旬のある日になまえは浅霧 幻との邂逅を果たした。
あの日彼女は、当初遠目からある人物の姿を認めたことで司の部屋を飛び出したのだが、その人物というのが。

「……大樹、だった…」

正直距離や角度もあり顔はよく見えなかったというのが本音だが、千空とよく連んでいた彼の背中を見間違える筈はないと、思ったのだ。
あの時は彼と疑わずについ駆け出したが、幻との一件であやふやになったことや、そこで知った司の行動によりそれどころではなくなってしまった。
考える時間が有り余っている今、あの時の男が本当に彼であったのかという疑問が顔を覗かせてきたのである。

仮に大樹だとして推測を進めることにしよう。
彼は司が千空を殺したことを知っているのだろうか。何も知らないのなら、彼があくせくこの国で働いているのも頷けるだろうか。
そもそも大樹を目覚めさせたのは、"どっち"なのか。

「う"ーん…」

3拍ほど仰向けに転がったまま首を傾げて、細かいもしもの分岐は考えるだけ無駄だろうと判断した。
不可解なのは、大樹が全てを知っていながらここで暮らしている場合だ。
外の世界で単独暮らしてゆくのは無理だと判断したのか。底無しの体力が取り柄の彼が果たしてそう簡単に見切りをつけるだろうか。

「…違う」

もしかすると、"単独ではなかったからこそ"この国に頼ったのではなかろうか。
そう考えれば腑に落ちる。
とすると彼の他にもう一人、この国にはなまえの顔見知りがいる。
これはあくまで仮説だ。
推測は立証さえ出来なければただの妄想に過ぎない、というのがなまえの持論だが、妄想が現実として裏付けされる瞬間というのは意図せずともやって来るもので。

「お疲れ様です」

そろそろ眠りに就こうかと瞼を閉じかけたなまえの耳に、少し離れた所からそんな労いの声が聞こえてきた。
鈴が転がるような、愛らしい少女の声だ。
きっと獄卒達への差し入れに来たのだろうと察した彼女は構わず微睡んでいると、その鈴の音が突如頭上から降り注いだ。

「寒いでしょ?冬服縫ったから、これ…着て…」

随分と半端なところで言葉を切るものだと怪訝に思ったなまえが徐に目を開くと、見知った顔が言葉通り目を丸くしているではないか。
それこそ、丁度先まで自らの脳内で繰り広げられていた推理の登場人物であった。

「…ワ〜オ…なまえさんだぁ」
「久しぶり、杠」

彼女、小川 杠が動揺するのも無理はない。
感動の、とは程遠い。彼女達の思わぬ再会は竹格子越しであったのだから。

bamboo

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