なまえは数日の間、牢の中で大人しくしていた。
情報を得るためまず見張りを油断させなければならないという理由もあるが、司の部屋を出たことで久方ぶりによく眠れたからだ。
羽を伸ばす場が牢獄というのが奇妙な光景だが。
熟睡したので頭が冴えて思考が捗りそうだ、となまえは身を起こしながら背を伸ばした。

今日の見張りは、どうやらこの牢を任されているリーダー格の男。
彼はまだ幼(く見える)い身で牢屋に入れられているなまえを不憫に思ってか、何を仕出かして牢に入れられたのか、から始まり他愛もないことを初日から話しかけてくる。
数日様子を見る限りかなり頭が緩い、という評価をこっそりなまえから下されている事実を彼は知らないだろう。
相手が彼なら下手に下っ端に取り入るよりずっと容易そうだ、となまえはほくそ笑んだ。無論、感情を表には出さないように。

まず初めに、何がこの国に緊張感を齎しているのかを知る必要があるだろう。
考えうる原因のひとつは、冬を目前に控えた生活への懸念。衣服があるとは言えど、石化以前よりも温度の低い世界でどれほど気温が落ち込むのかは分からない。
食料も備蓄しなければならなくなる。
文明のない時代で初の越冬を危惧するのは人間の本能として妥当だろう。

そして次の説が有力だが、敵対勢力の出現。これは幻との繋がりがある組織なのか、それとも全く別の第三勢力なのかでなまえが置かれる状況も変わる。
そもそもあまり外に出る機会を与えられなかった彼女にとって、この石の世界で其処彼処に人間がいるものなのだろうかという疑問が湧いたが。
まずは知っている人間に聞くのが手っ取り早いであろうと、なまえは格子の向こうで岩に腰掛けている男に声を掛けた。
名を上井 陽という。

「ねぇ」
「…お?」

少女が牢にやってきてから初めて彼女から話しかけられたことに意外そうに眉を持ち上げ、陽は俄然用件を聞いてやる気になった。
人間、誰からであろうと頼りにされるというのは少なからず悪い気がしないものだ。
それこそがなまえの策略でもあるのだが。

「どしたー?」
「ここの人なんでみんな、怖い顔してるの?」
「はぁ?」

その言葉をどのように受け取ったのか彼は暫くなまえの顔を見つめていたが、やがて何か思い当たったように手を打った。

「そーいうことあんま言っちゃだめだぞ」

なまえには真顔でそう向き直りつつ、隣に立っていた配下の男の顔を見た途端、何が面白いのか陽はケラケラと声を上げて笑い始めた。
周りを見渡すと見事に強面な男達が揃っていて、少女に怖がられているのがどういうわけか笑いを誘ったらしい。
彼女の言葉の真意はそこにはなかったのだが、軌道修正すべくもう一度言葉を挟んだ。

「なんか…ピリピリしてるっていうか」

不安げに視線を彷徨わせるなまえに、陽はようやくその意図を汲んだらしい。
格子の隙間から彼女の頭に手を伸ばすと、安心を誘うように彼は歯を見せた。

「心配すんな、この国にいりゃ怖いことなんかねぇよ。この俺がいんだから」

牢ひとつ守るくらい訳ないと言う彼に、そうなればいっそ逃したほうが合理的なのではと内心溜息を吐くなまえは、息巻いてトンファーに似た形状の武器を握り直す陽の言葉により外敵の存在を確信した。

次に彼女が知りたがったのは、この国自体のこと。
この帝国が司が統べる武力の国だということは分かっているが、戦を控えて戦力が司だけというのも現実味に欠ける話だ。
如何にも下っ端然とした者達でも、一般人よりずっと戦える人材であることは見てとれる。
圧倒的にこの国の復活者事情に疎い彼女は警戒すべき人間を知る必要があるのだ。
自然と先の会話に繋げて、なまえはくすりと笑いおどけて見せた。

「えぇ?…陽じゃ頼りない」
「どこがだよ!」
「だって司が一番強いでしょ?」

なんの疑いもなく霊長類最強の名を出す少女に、陽は大仰に被りを振り含み笑いをしたうえで「いいか、よく聞け」と前置いた。

「トップ"スリー"はもう古ィ!司、氷月、羽京、ンで陽君!で四天王だっつの」

湯水のように出るわ出るわ、情報が。
もはや何の感慨もなくなまえは耳馴染みのない名前について更に探りを入れることにした。

「氷月?…ってどんな人?」
「ン?こう…グルングルン回る槍…ブフッ」

再現しようとして自分で面白くなってしまったらしい。彼の笑いの沸点が低すぎてそれ以上深くは聞けなかったが、回る槍、という単語が引っかかった。
ただの槍ならこの国にはありふれているが、変わった武器の使い手なのだとすると手練れの可能性がある。
直接なまえが戦うようなことはないだろうが、接点を持たないに越したことはない。

「…へぇ。じゃあ、羽京ってひとは?」
「ソナーマンとかで…ま、ちょっと耳が良いだけっしょ」
「……ホラーマン」

語感の少し似た頓珍漢な単語を呟くと、陽は腹を抱えて地を転げ回り始めた。
万一ということもある、無知の振りを欠かさないのも策略の内だ。
話に聞いた中でなまえは既に自身にとっての天敵が恐らくその"羽京"になるであろうとの目星を付けていた。
陽はあぁ言ったが、聴覚が良い悪いのレベルではないだろう。
脱獄する際、彼の耳に留まれば一発で捕まってしまう。

ignorance

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