木々から葉が落ち始めた頃から帝国には不穏な空気が漂っていた。
見張りの者に尋ねたとて司から口止めをされているのか何も教えてはくれないし、恐らく事態に何か異変が起きたのだろうと予想もしている。

幻により千空の死を知らされてから彼女は、ろくに眠れない夜を過ごしていた。
忙しさ故に司が部屋に戻って来ることも以前より少なくなったが、そんな日はぼうっと空を眺めて青が白み始めた頃に眠る。
そして彼がいる時はまるで寝付けず、彼が出て行った朝方ようやく気絶するように眠る。
日に日に心も身体も疲弊していったが、その頃から幻がぱったりと姿を消したのもその一助となった。
彼はどうしたのだろう、まさか諜報活動が司に勘付かれて排除されたのではないか。
千空のように。
そこまで考えるといつも後は沈むだけ、毎度のことを繰り返してなまえは朝と夜を行き来している。
彼女はもう何ヶ月も部屋を出ていなかった。
まるで死にながら生き永らえさせられているようだと、自嘲から喉を鳴らすのを聞いた見張りの肩がびくりと跳ね上がるのを見て、なまえは一切の動きを止める。
ついに気が触れた、という訳ではない。彼女はなにかを閃いたのだ。
簡単なこと。
誰もが何も教えてくれないというのなら、自分から探りに行けば良いだけのことではないか。

そもそも。この鳥籠の中の生活すらおかしな話だ。
司とは元から知り合いでも何でもなかった彼女が、出会った瞬間からとは言わずとも、司に囲われている理由が解らない。
その不透明さ故に今まで彼のことは深く考えないようにしてきたが、この状況に甘んじている時点で司の言いなりになっているのと同じことだ。
千空ならどうした、あの小説の主人公ならこうした、ではない。今この場には、自分しか居ないというのに。

心のどこかで誰かに助けてもらおうなどと考えていた自分に気付いて嫌気が差すと、なまえは石器でロングスカートの裾に切れ込みを入れた。
見張りからは自暴自棄にでもなったように映ったろうが、そうではない。
膝上程の丈になるよう裾を破き去るといくらか動きやすくなった。
これからの季節を思えば些か頼りなくなってしまったわけだが。
その瞳に一つの決心を宿して、なまえは自分にだけ聞こえるように呟いた。

これから私は、人を殺す。



日が暮れればすっかり肌寒くなってしまった季節の夜、秋口まで聞こえていた虫の音などは日に日に絶えてゆく。
その晩皆が寝静まった頃、司は二日ぶりに自室へと戻ってきた。
入り口に足を踏み入れた所で、彼は違和感に気付く。

まず始めに、常ならば寝床に転がっている筈のなまえの姿がない。
そして次に、強烈な殺意がこちら目掛けて飛んでくる。それを司はいとも容易く受け止めた。
外からは死角となる、入り口側の壁に潜み足元から司の首目掛けて切りかかってきたのは、なまえその人であった。
その手中に鋭く研がれた石器を握る細い腕を掴んで制止させようとするが、少女はなにか猛獣にでも取り憑かれたように暴れ、司の腕に噛み付いて抵抗する。
が、彼は気にも留めない様子で冷静に何事かと尋ねた。

「なまえ、何のつもりだい?」
「……"何のつもり"?」

ぱた、と身体から力を逃したかと思えばなまえは俯いていた顔を上げ、見上げる位置にある司の目を睨み返した。
それは酷く、冷たい目をしている。

「そっちこそ。何様のつもり?」

その一言で、勘の鋭い司は察した。
今まで彼女の耳に入れぬよう根回ししてきた自分の罪を、なまえはついに知るに至ったのだろうことを。

「そうか。…うん、わかった」

この事実を下手に隠すのは得策ではないと、彼は他の復活者達にしてきたように至極淡々と自分の主張を述べ始めた。
私利私欲に溺れた汚い大人達をこの時代に蘇らせれば、土地の所有権などを主張して必ずまた戦を起こすであろうこと。
そういった大人を間引くことで、石化によりリセットされた穢れなき世界を純粋な若者だけで生きて行く。
その為ならばいくら自分の手を汚すことも厭わないと、司は言った。

「必要なことなんだ」

分かるだろう、獅子王 司がそう尋ねればそれは一種の同調圧力にも等しいものと化すことを、聡い彼は理解していた。
彼女に伸ばしかけた手は、しかし音を立て弾かれることとなる。

「そんな、ことの為に……千空を?」

怒りで充血した瞳の奥には、司への拒絶が色濃く刻まれていた。
彼女と千空が石化以前からの知り合いであったこと、その可能性には気付いていたが、敢えて知らぬ振りをしてきた。
そしてなまえに司と千空の繋がりを知られぬよう手を回してきた。
酷く回りくどいことであったとは自覚していたが、司にとってはそれがとても重要な意味を持つことでもあったのだ。

sin

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