じりじりと焼き付ける日照りが身を焦がす。碧い海は適度な波を運んでは引いてを繰り返し、白い浜砂は素足で歩くと少し熱いが、そのうちに慣れる程度のものだ。

世間一般では夏休みに突入し、この海岸にも多くの来訪者が溢れていた。

「夏といえば海!」
「海といえば水着!」
「「水着といえば……美女だァ!!」」

声高々に興奮を露わにしているのは、上鳴と峰田である。
到着し着替えを終えて早々、彼らは道行く女性達へ舐め回すような視線を送っている。

「峰田くん上鳴くん!雄英生として恥ずかしくない行いを…ってどこへ行く!」

ふらりと見知らぬ女性の後ろへ着いて行こうとする二人を連れ戻すべく飯田が駆けて行く姿を、ビーチパラソルの下に腰掛けていた緑谷と轟は眺めていた。

「なんか、元気だね皆…」
「…あぁ」

林間合宿を控え万一に備えて遠出を控えるよう言われていた彼らであったが、担任の許可が下りた為にこうして海水浴へと来ている。

「おーい緑谷!」
「…あっ切島くん!」

自分を呼ぶ声に振り返った緑谷はクラスメイトの切島を見つける。そしてその一歩後ろから機嫌の悪そうな顔をぶら下げてずかずか歩いてくる幼馴染を見て絶句した。

「か…かっちゃん!?来てたんだ…」
「ぁあ?いちいちテメェの許可が要んのかクソデクこら」
「どうせ今日しか来れねぇんだからって説得した」

言いながら親指を立てる切島は、辺りを見渡してあることに気が付く。

「女子いなくね?あんな喜んでたのによ」

一日限定とはいえ今年は無理だと諦めていた海に来られることを喜んでいたクラスの女子達の姿を思い出して首を傾げる切島に、轟は至極簡単に返答した。

「まだ着替えてる」
「おーそうか」

納得した切島であったが、瞬間その背に声が掛けられた。

「おまたせー!」
「ごめん遅くなった!」

ようやく着替えを終えて到着した女子4名に、先までふらふらしていた上鳴と峰田がどこからともなく現れる。

「君たち逃げ足速いな……」
「…おお!」
「水着最こ……って…」

芦戸、麗日、耳郎に続いてやってきたみょうじの姿を見た途端、二人の顔が険しくなった。

「おいおいおいみょうじ舐めてんのかおめぇ色気の欠片もねーじゃねえか!!」
「耳郎よりねェ……痛っ!!」
「え、私…?」

びしっ、と突き付けられた峰田の指を真似て自らを指し示すみょうじが着ているのは、膝丈のサーフパンツにパーカータイプのラッシュガードというメンズライクスタイルであったからだ。

「うちらも言ったんだけどね」

呆れ顔の耳郎の言葉に、みょうじはだって、と言い訳を始める。

「その、私着痩せするほうっていうか…とにかく人様に見せられるあれじゃないから」

視線を泳がせながら言うみょうじに、しかし峰田は引き下がる。そんな彼を見兼ねた切島が宥めに入った。

「うるせーお前はやり直しだ!」
「おい峰田やめとけ、みょうじ困ってんだろ」

しかしそこへ口を挟んだのは、芦戸と麗日であった。

「そう言うと思ってぇ」
「実は中に可愛いの着てるんだよね、なまえちゃん」
「てか、着せられたってのが正しい気が…」
「…わっやめて何するの二人とも!」

苦笑を浮かべる耳郎に構わず、麗日がみょうじのラッシュガードのジッパーに手を掛け、芦戸がサーフパンツを勢いよく降ろす。
白日のもとに晒された彼女の水着姿に、上鳴と峰田は絶句する。
二人だけではない、その場にいた男子全員の視線がみょうじに刺さるが誰一人言葉を発さなかった。

「ほ、ほら…!変な感じになっちゃったじゃん」
「えー可愛いじゃん。ね、切島?」
「、お…おう……」

切島が目を逸らしながら返す肯定に、しかしみょうじの目にはそれが社交辞令のように映る。

「なんかごめん、やっぱ羽織るよ……」
「…似合うと思うぞ」
「え」

ラッシュガードのジッパーに手を掛け直したみょうじへと言葉を投げ掛けたのは轟だった。

「だよね!デクくんも可愛いと思わん?」
「えっ僕!?いや、そのあのっ…お、思います思います…っ」
「うむ。何も恥じることはないぞ。肉体美ってやつだ」

極度に女性に耐性のない緑谷は半ば見ずに返したが、飯田は彼女の鍛えられた体を至極真っ当に評価した。

「みょうじって意外とグラマー系だったんだな…」
「………アリだな」

しかしそんな彼らの言葉は一人の男によって一蹴されてしまう。

「似合わねーにも程あんだろ。はよ上着ろ目が腐る」
「そんなに…?」

言わずと知れた爆豪である。ずかずかとみょうじの前に立つと、鋭い瞳が急かすように彼女を威圧する。

「いや、似合うだろ。普通に」
「…ぁん?」

それを制止する轟は暫し爆豪と睨み合っていたが、みょうじの顔を見て口を開いた。

「気にすんな、みょうじ」
「何しゃしゃり出てんだ舐めプ野郎…!」
「ええ、…どっち…?」

どちらの意見を鵜呑みにすればいいのか分からず混乱するみょうじであったが、女子三人と上鳴、峰田がビキニがいいと言って聞かない為に渋々上着を脱ぐことにした。

「グッジョブ轟!」
「ありがとう世界…!」



先程から隣で阿修羅のような顔をしている男を横目に、切島はかき氷を食べていた。

「そんな怖ぇ顔すんなよ爆豪。子供が泣いてるぜ」
「してねーわ!!勝手に泣け!!」

爆豪の前を通り過ぎて行く子供が次々に泣き出すのを見ながら言えば、爆豪は怒号を飛ばす。その怒声によって辺りからは更に泣き声が上がった。
一人一人、その保護者に頭を下げながら、切島は少し離れた砂浜でビーチバレーをしている女子達と上鳴、峰田を眺めた。

「俺も混ざってくっかな。爆豪お前は?」
「行かねェ」

即答する爆豪を取り残して、切島はその輪に入って行く。
腹の中に苛立ちを抱えたままに仰向けに寝転がり瞼を閉じる爆豪であったが、その隣に誰か人の気配を感じて目を開けた。
そこに居たのはみょうじだ。
火にかけられ沸騰したようにぐつぐつとしていた苛立ちが、その途端不思議なくらいすっと収まった。

「あ、ごめん起こしちゃった?」
「…こんなうるせぇとこで寝られるか」

言いながら上体を起こして、隣を横目に見る。
日焼け止めクリームを手の平に出して腕全体に塗り広げて行く様がやけに鮮やかに映ってまじまじと見つめてしまう。
その手が今度は太腿を滑り始めたところで正気を取り戻して、爆豪は即座に視線を逸らした。

「あ、…爆豪くんにはお目汚しだったね」
「?」

はにかみながらそう言ってラッシュガードを羽織ろうとするみょうじの手を、気がつけば止めていた。
我ながら何をしているのかと思ったが、本音を言えば彼女のビキニ姿は似合っていたのだ。
が、爆豪はそれを他人に見せたくなかった。
だからラッシュガードを羽織るよう言ったのだが、轟によって敢え無く却下された。

「…えっと、なに?」
「……………」

何か言葉をかけたい訳ではなかった。
困惑しながら自分の顔を伺う丸い瞳に吸い寄せられるように顔を近付けようとした、その時。

「みょうじ、」

彼女を呼ぶ声がして、半ば反射で手を離す。離してから声の主を見て、また苛立ちが沸き立つのを感じた。

「轟くん」

爆豪を見ていた瞳がそちらへ傾けられるのがやたらと気分が悪い。その唇が別の男の名を紡ぐのが憎い。
つい轟を鋭い瞳で睨め付けて、しかしその彼の瞳はみょうじへ向いている。
それが妙に腹立たしくて爆豪は一人、黙って屋台の方へと歩いて行った。

「…あれ、爆豪くんは?」
「どっか行った」

轟と二、三言交わしている間に居なくなっていた爆豪の姿を探すみょうじに、轟は言葉を掛ける。

「なにか食いてぇもんねぇか」
「うーん…特には。あ、手伝おうか?」

飯田と緑谷も皆の分の昼食を調達しているところだったが、みょうじの厚意に轟はそれじゃあと頷いた。
自ら手伝いを引き受けたのにも関わらず、みょうじは一歩先を行く轟へ向けられる視線に歩きづらさを感じていた。
体育祭で一躍脚光を浴びた彼に視線が集まるのは自然なことだろう。

「轟くん有名人だもんね、みんな見てるよ」
「?……あぁ、そうか…」

しかし当の本人には自覚がないらしく、かと思えば何のつもりか急にみょうじの手を握った。

「……俺じゃねぇ」
「え?」

その途端、視線が散って行くのをみょうじはただただ不思議そうな顔を浮かべて、轟の後をついて行く。
緑谷と飯田が主食を買いに行っているため飲み物を購入して戻った。



パラソルの下へ戻ってきたタイミングでそれぞれ昼食を済ませ、切島が食休みしていると一人所在が分からない人物がいるのに気がつく。

「あれ、みょうじは?」
「子供達と遊んでるよ」

ほら、と緑谷が指差した先には、見知らぬ少年少女と共に砂の城を作っているらしいみょうじの姿があった。ほぼ完成間近だ。

「子供すきなのな」

遠目にそれを眺めていると、砂の城が完成して子供達と喜んでみたり、かと思えば急に海の方へ皆で駆けて行った。
切島がなんとなくその行方をぼんやりと眺めていると、子供達と共に海へ入って行ったみょうじが中々出て来ない。
子供達は既に砂浜に引き返して彼女に何か声を掛けているようだが、どうも頑なにみょうじは海から出ようとしないのだ。

「なんだ?…ちょっと見てくる」

それが気に掛かった切島は彼女達の方へ駆けて行き、まずは身近にいた子供達に事情を聞いてみる。

「どうしたんだ?」
「おねえちゃん出られないんだって」
「よくわかんない」

それからみょうじの方へと近付いて行くと、やたらと彼女は青い顔をしていて、クラゲに刺されたりしたのではないかと切島は心配になって駆け寄った。

「みょうじ大丈夫か!?」
「切島くんっだ、大丈夫だから!」
「つってもおめー顔真っ青…」
「わっ、え、あ…見ないで!!」

切島がみょうじに手を伸ばしかけた瞬間、慌てた彼女が叫びながら切島の首に腕を回した。

「えっ、」

一瞬、切島の頭は真っ白になる。
胸元になにか柔らかい感触を感じて、立ち所に顔が真っ赤に染まって行くのを自覚した。

「どっ、えっ、なっ……っみょうじ!?」
「…………たの」

訳がわからず混乱する切島の耳元で、みょうじの微かな声が聞こえた。

「水着なくしちゃったの……」

つまり、彼に密着した体は素肌ということになるわけで。
どうしよう、と言うみょうじに、切島の頭はショート寸前だった。
どうしたら水着をなくせるのかとか、普通すぐ気付くだろうとか、そもそも子供達と遊んでいてそんなにはしゃげるかとか、切島の頭には色々と突っ込みたい言葉が浮かぶがどれも出てきはしない。
動揺しすぎた切島の指先がガチガチと硬化を始めていたことにも気付かなかった。

「きゃっ!?」
「えっあ…….すまん!!」

瞬間彼の手がみょうじの下の水着を掠めて、彼女は水中でやたらと解放感を感じるその違和に気が付いた。

「わざとじゃない、悪ぃ…」
「…私こそ、」

今この瞬間、彼女の柔肌を直に感じているという状況は彼にとっても辛いものであった。
危うく反応しかけた股間がうっかりみょうじに当たってしまわないよう少し腰を屈める。

「…ど、どうすっかな」
「ごめん……」

なにか案を考えようとしても、この状況ではまともに頭が働かない。
暫く二人で出て来ない打開策を考えていると、後ろから物凄い怒号が飛んできた。

「おいクソ髮てめぇさっきから何しとんだ!!」
「爆豪…!」

そのまま二人に近寄って来んとする阿修羅に、切島はみょうじの身を隠すようにして口早に説明する。
事情を聞いて幾らか落ち着いた爆豪は、それでも鬼のような面相をしていたが、自分がラッシュガードを取って来ると言った。

「あっ爆豪くんごめん、下もお願い…」

そんなみょうじの言葉を聞いた爆豪は瞬間呆けた顔をしたが、意味を理解して目を吊り上げる。

「つかてめぇ男にでもなりゃいいじゃねぇかアホかクソが!!」
「はっその手があった…」

爆豪に言われて気が付いたみょうじの体が先よりも硬さを増していくと、するりとその腕が切島から離れる。
目の前にいたのは自分よりも少し背の高い見知らぬ青年だったが、はにかんだ顔にはやはり彼女の面影があった。

「ごめん、気が利かなくて…」
「いや、俺の方こそ…」

爆豪が上下揃いで投げつけてきた水着をみょうじが纏い、二人はようやく海から上がるのだった。

「やー災難だったね〜」
「おかえり〜…ってみょうじイケメン!」
「轟といい勝負じゃね?」

ビーチパラソルの下に戻ると、女子三人がみょうじを出迎える。
男の姿に変化したみょうじとの比較対象に、隅に座っていた轟へ耳郎が視線を向けるとみょうじと視線が合った。

「………」
「………?」
「あんま変わんねぇんだな」

轟の言葉に首を傾げるみょうじは、そうかな、と今一度耳郎に確認する。

「まぁ似てるっちゃ似てるけど」
「…そっか。モデル、お父さんなんだ」

そう言って心なしか嬉しそうにふわりと微笑んだみょうじに女子三人は言葉を失った。

「なにこのきゅんきゅん」
「みょうじパパやば…!」
「これだからイケメンは…」

顔を赤くして胸を抑える三人を横目に、みょうじはいつの間にか遠くに出来ていた人だかりから喧騒が聴こえてくるのに気が付いた。
何事かと立ち上がって目を凝らしてみると、その中心に見慣れた赤髪と金髪が見える。

「このどスケベ野郎が!!」
「羨ましすぎんだろこんちくしょう!」
「もう二人とも俺を好きなだけサンドバッグにしてくれ…!」

上鳴と峰田の妬み嫉みを甘んじて受け入れる切島と、そこへ飯田、緑谷が止めに入っていた。

「なんか喉渇いちゃったな。飲み物買ってくるけど、何か要る?」

立ち上がったついでにみょうじがそう問えば、四人分の注文が返ってくる。
それらひとつひとつを忘れないよう口の中で反芻しながら自動販売機に辿り着いたみょうじは、サイダー、コーラ、スポーツドリンク、緑茶の順で購入していく。
それらを抱えながら来た道を歩いていると、大学生くらいに見える男二人組が見慣れた顔に詰め寄っているのが見えた。

「テレビで見るより可愛いね」
「俺たちと遊ぼうよ」
「え、ちょっと……」

絡まれているのが耳郎であると分かって、みょうじはすぐさま間に割って入った。

「僕のツレに何か用ですか?」
「なまえっ…」

男達は、余計に柄悪い態度でみょうじに詰め寄る。

「なに、彼氏?」
「格好付けてるつもりかよ」

これ見よがしに指を鳴らしながら、半ば馬鹿にした態度でそう言った男の一人が拳を振りかぶる。
避けることも応戦することも出来るが、騒ぎを大きくすれば学校にまで迷惑が掛かると考えたみょうじは避けなかった。

鈍い音と共に衝撃が頬を打つが、思ったほど痛みはない。
よろけもしなかったが、それでも口の端に少し血が滲んでいた。じんじんと後から熱がやって来る。

「っ……」
「なんだよ大したことねぇじゃん」
「なまえもう行こ!」

みょうじの腕を引こうとする耳郎の行く手をもう一人が阻む。
もう一度拳がみょうじ目掛けて飛んで来た。歯を食いしばり、瞬間的に目を閉じた彼女にしかし何秒経っても衝撃は襲ってこない。
薄目を開けて見れば、見慣れた色素の薄い髪が目に入る。

「…てめぇは……100回殺す」

怒気を含んだ瞳が静かに相手を射殺す。
自分が殴った相手が何者であるかすぐに理解した男達は、一目散に逃げていった。

「ありがとう爆豪くん」

へら、と笑うみょうじに鋭い眼を向けると、爆豪は不愉快そうに舌を鳴らした。

「なに舐められとんだお前…」
「ごめんなまえ、うちのせいで…」
「へへ、響香ちゃんが怪我なくて良かった」

女の子だもんね、と言うみょうじに耳郎は思わず胸を高鳴らせる。
そんな彼女のことはつゆ知らず、今になってまたじんわりと熱を主張する頬を指で擦るみょうじを横目に、まだ怒りの収まらない爆豪は再度大きな舌打をするのだった。

「……てめぇも女だろうが」
「ん、何か言った?」
「なんでもねぇよボケ!!」

うみいこう

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